Bellezza
館
館での生活は思っていたよりも快適だった。
ジョルノは毎日、日が暮れる頃に起きだして、普通の人間のようにしっかりと三食ご飯を食べ、夜中のティータイムを楽しみ、日の出と共に寝つく。
生活のサイクルが昼夜逆転しているのと、ちょっとばかり寝る時間が長い点をのぞけば、普通の人間とあまり変わらない。
ジョルノの餌であるオレは、最初は何時どれだけの血を吸われるのかと、内心ビクビクしていたが、しっかり普通の食事を摂っているジョルノにとって、血を吸うのは、それこそおやつ感覚らしくて、一度に吸われる量は一口とか二口とか、そんなものだった。
だからオレのやることといったら、もっぱらジョルノの遊び相手で、二人で色々なゲームに興じた。
ブチャラティよりも以前に遭難しかかったところを助けられた旅人が残していったり、後日に礼として持ってきたりしたらしい各地のカードやボードゲームをはじめとして、オレの知らない色々な種類のゲームもあって非常に面白い。
しかしゲームはあっても、ジョルノ曰く、この館の奴らは、はじめからゲームに勝つ気が全くない歯応えのないタイプとイカサマをしてでも勝負に勝とうとするタイプにきっぱり分かれていて、どちらも楽しいゲームをするには不適格な人材ばかりなのだそうだ。
数だけ無駄に多くて遊び相手にもならないと口では言いながらも、執事らの様子をみるとジョルノは慕われているように感じられた。
ジョルノに「ミスタがきてから、毎日が楽しいです」と言われると嬉しくて、オレは時が経つのも忘れて、館の生活を満喫していた。
ジョルノに血を吸われる行為でさえ、深い悦びになっていたオレは、迂闊なことに他に考えるべきことをすっかり忘れていたのだ。
「ジョルノ?」
ミスタが目覚めるとブロンドの美しい少年は、そばにいなかった。
最近は夜型のジョルノにあわせて、昼間に寝て夜に活動するという生活に慣れてしまっている。
だが今日は夜更かし(というか昼更かし?)をしてしまって、つい午睡のような感覚で寝てしまったらしい。
起きている時はもちろん寝ている時も共にある少年の姿がないのは珍しく、そのことに違和感を覚え、ミスタは探しに行く。
無駄に広い館を、一人の少年を探し歩きながら「オレは何をやっているんだ」と苦笑した。
別に探さなくても、ジョルノはこの館のどこかにいるだろう。
堅牢であり、かつ吸血鬼が住んでいるこの館に入ってくるような命知らずはいない。
そして万が一そんな輩がいたとしても、ジョルノ自身が吸血鬼なのだ。
ジョルノにとって危険といえるのは、太陽の日差しがキツイ昼間の間ぐらいなものだった。
そして今は日の差さない真夜中。
待っていれば、そのうち帰ってくるだろう。
それなのに、その姿を求めて探してしまう。
「まいったな……」
嵌っている。
あの美しい黄金色をした吸血鬼の少年に。
ほんのわずかな時間でさえ、離れている時間が惜しいと、乾いた旅人が清い泉を求めるように求めている。
餌である自分の血で喉を潤す吸血鬼を、足りないと求める?
まったく、それじゃあ逆じゃないか……。
そう思っても、求めずにはいられない。
蜂蜜色の瞳も、柔らかな黄金色の髪も、ミルク色の肌も、雪の中でも咲き誇る薔薇の花弁のような唇も、その唇からこぼれるまるで歌っているような心地よい旋律をもつ声も、彼の持つ何もかもが、ミスタにとってこの世の何よりも抗いがたい誘惑だった。
それにしても静かな館だ。
とても広い館には幾人もの吸血鬼が住んでいる。
だがジョルノの世話係だという数人以外は、ほとんど顔を見せない。
時々、ああ、いるな……と思うし、ピストルズの報告によれば、正確な数はわからないがブチャラティの予想通り、その数は二桁にのぼるだろう。
それなのに、彼等の活動期のはずの夜でさえ、人の気配を感じさせない静かさとは恐れいる。
吸血鬼とは、いったい何なのだろう?
不老不死を誇りながら人の血を吸う化け物。
人を超えた強靭な身体能力を持つ彼等の弱点は太陽の光。
不死身に近い肉体を持ちながら、日の光に焼かれて死ぬという。
吸血鬼とは、かつて人間だった者達だと聞いた事がある。
ならばどうしてジョルノは吸血鬼になったのだろう?
そんなことを考えながら、長い廊下を歩いていると、その先に銀色の光が差しているのがわかった。
珍しく窓が空いているのか、カーテンが風にたなびいている。
光を遮るため、硬く閉ざされているのが常態であるこの館にしては、とても珍しい光景だ。
近寄り何気なく窓の外を覗くと、そこに彼がいた。
まるで祝福されるように淡く輝く月光を浴びて、きらきらと柔らかな光の粒を撒き散らしながら、真白い雪原のなかにひとり。
「ジョルノ……」
ちいさく呟くと、とても聴力のいい黄金の吸血鬼の少年はミスタの声を耳に拾ったのか、こちらを向いた。
息がとまる。
あまりに綺麗すぎて。
月光のなかでだけ咲くという花のように繊細な美しさ、それでいて夜空に君臨する銀の女王すら従えてしまう犯し難く高潔な神聖さ。
彼の前でなら、闇の獣も頭を垂れる。
そう確信させる少年に目を奪われて、ただただ見つめ続ける。
「ミスタ……起きたんですか?」
「……ん、……あ、ああ……」
うっとりと見蕩れたままでいたところに声をかけられて、とっさに返事をかえせない。
するとジョルノは「まだ、寝ぼけているんですか?」とクスクスと笑った。
その邪気のない笑みに再び心を奪われているとジョルノが「こちらにきませんか?」と誘った。
「すこし寒いですが、気持ちいいですよ?」
確かに広いが閉鎖された館のなかに閉じこもってばかりというのも不健全かもしれない。
少々高い窓枠を乗り越えて、ジョルノが待つ雪原に降り立つ。
さくりとした感触を足元に覚えて、転ばぬように、けれどできる限り速く、その元に駆け寄る。
そしてその手を取った。
「おまえ、手が冷たい」
「ミスタの手は、あったかいです」
吸血鬼である少年の体温は元々低い。
この寒さにさらに熱を奪われていた掌に己の熱を伝えるようにぎゅっと握り締めた。
するとジョルノは嬉しそうに、まるで普通の人間の子供のように笑った。
そのことに、ますます胸が痛くなり、その身体を抱きしめた。
「ミスタ」
「なんだ?」
「貴方に見せたいモノがあるんです」