Bellezza
命の花
ジョルノがオレを連れていったのは、館を囲む塀のそばだった。
そこにはオレがここにくる元凶である、ブチャラティが一輪だけ摘み取ったという蔓薔薇がぐるりと館の周囲を囲むように咲いていた。
何時も思うのだが、雪も降る真冬だというのに、ここの薔薇は生き生きと咲き誇っている。
寒気などものともせず、美しく、誇らしく、芳しい芳香を香らせ、寒々しい冬の景色を鮮やかに彩る。
この美しさを前にすると、あの理性的なブチャラティが、思わず手を伸ばし、摘み取らずにいられなかったという気持ちも解る気がしてしまう。
それほどに一面の白のなかで咲き誇る薔薇は美しかった。
「……この薔薇はね。僕なんです」
ジョルノが愛しげに目の前に咲いている一輪の薔薇を撫でながら告げた。
「この薔薇が、おまえ?」
思いがけない言葉をきいて、思わず訊ね返す。
そういえば自分の命にも等しい薔薇だから、その罪を決して許さないと、償いとして命を差し出せと、ブチャラティに要求したんだっけな。
そう自分がここに来た経緯を思い出すが、その意味がよくわからない。
「ええ、この薔薇は、僕にとって命に等しい。貴方を護る小さな妖精達のように……」
そう言われて、オレはようやく理解した。
オレにとってのピストルズと同じって、それは……。
「僕はこうしていても、彼女に護られている。僕はこの館のなかでしか、正気を保つことはできない。彼女が護るこの結界のなかからでてしまえば、僕は僕でいられない」
きっと、吸血鬼としての本能に呑みこまれてしまう。
苦しげに、悲しげに、己の分身だという薔薇を労わるように撫でて、ジョルノは静かに涙をこぼした。
オレはこれまでジョルノがブチャラティに要求した対価は大きすぎると思っていた。
確かに彼はブチャラティの命の恩人ではあった。
だが、たかが薔薇一輪に、何故そこまでとも思っていた。
出会い、惹かれ、そばに在ることの悦びが、疑問よりも大きかったから、オレはつい見逃してしまっていた。
けれどジョルノの怒りは正当なものだった。
この薔薇が確かに彼の分身であるならば、それがたとえ一輪であっても、彼の命そのもの。
己の一部を無理やり引き裂かれ、強引に奪われた痛みは、どれほどのものであったのか?
ジョルノが感じただろう苦痛を想うと、この世の誰よりも尊敬し、感謝している兄に対してすら、どうしようもない憤りを覚えた。
「だから僕は、ここでしか生きられない」
この塀に、この薔薇に、切り取られ護られた空間からは、生涯逃れられぬ運命なのだと、もし無理にそうすれば己を無くして、本物の化け物になってしまうのだと、そういってジョルノは泣いた。
「時々、ブチャラティみたいに、ここにも旅人が迷いこんでくるんです。この辺は迷いやすいですし、迷ってしまったら、助けを求めるのは、ここぐらいしかないですしね」
そしてジョルノは、そんな思いがけない客を歓迎する。
退屈な変わりばえのない生活に、新鮮な風を吹きこむ旅人達を。
外の話と引き換えに宿と食事を与えて、元気になった旅人達は、外の世界へ旅だって行く。
そのなかには、そのまま住みついてしまう者達もいた。
外の世界に絶望してしまったもの、生きていくことに希望を見出せなくなってしまったもの、静かな薄闇の世界に安らぎを見出したもの。
ジョルノは彼等を受け入れ、この館に住まわせた。
けれど心が半分死んでいるような半死人ばかりに囲まれても、この少年は孤独だったのだろう。
だって彼は生きている。
その肌が冷たくとも、日の光の下を歩けなくても、爪の先から頭のてっぺんまで、ジョルノは隅から隅までが瑞々しく咲き誇っている。
その分身である薔薇のように、寒空の下でも誇り高く顔をあげて輝いている。
「でも自分の意思で、ここに来たのは、貴方が初めてだ」
こんな何もない寂しいところに、自ら赴くなんて、物好きとしか思えない。
そういって頬を涙に濡らしたまま、ジョルノは笑った。
まるで思いがけないプレゼントを貰ったとでもいうかのように嬉しそうに。
けれど、その目に映る諦めの色に、オレはジョルノを抱きしめる。
「オレは、どこにもいかねェよ」
オレはお前を、ここに残していったりしない。
「でも、貴方には帰る場所が……」
「そりゃ皆には会いたい。でもオレが帰る場所はここだ。そう思ってもいいだろう?」
家族はそりゃ今でも大事だけど、今のオレが一番大切にしたいのは、幸せにしたいのはお前。
お前がここを離れられないなら、オレもここから離れない。
離れたとしても、必ずここに帰ってくるよ。
そう思ってもいいだろ?
お前がいる場所が、オレの帰るところだ。
そう思っていいだろ?
「ええ……待っています」
―――貴方が帰るといってくれるのなら、僕は永久に近い時のなかで、何時までも貴方が帰ってくるのを待っている
触れた唇は冷たかった。
けれどその冷たい唇に、オレの体温が混じりあって、何時かひとつの温もりになればいいと願って、オレは何時までもその唇を放さなかった。