Bellezza
居場所
ジョルノは何時も通りに客人をもてなし、ブチャラティは翌朝には家族の元に帰るといった。
話をしたのは僅かな時間だったが、聡明で優しい彼に好意を抱いていたジョルノは、寂しく思ったが静かに見送った。
たとえ吹雪の中で立ち往生し、数日を館で過ごすことになった旅人も、生きている者達はいずれ旅立つ。
それがここでの摂理だ。
そう納得して、温かな空気を持つ男の旅立ちを祝福した。
けれどブチャラティは、そのまま去っていってはくれなかった。
彼はよりによって、この区切られた世界を護る結界を作りあげるジョルノの分身を、その手で摘み取った。
その苦痛と、その事実に、ジョルノは衝撃を受けた。
何故に“ブチャラティは己の分身”を摘み取ったのかと。
そして“どうして彼女は、それを許した”のかと。
ジョルノの分身である“彼女”は、ただの薔薇ではない。
恐ろしい呪いの力を和らげ、ジョルノを危険から護るための強力な結界を作ることができる聖なる力の化身。
その聖なる力の加護ゆえにジョルノは本物の化け物になることもなく、また明確な悪意のある者は館に入ることができなかった。
その己を傷つける悪意を持つ者に対しては、聖なる力によって報復をするはずの彼女が、容易く摘みとられ奪われたことは、ジョルノにとって、まさに世界が覆るほどに衝撃的なことだった。
易々と彼女の一部を奪っていった男を、許すことはできない。
だから責任をとれと迫るジョルノに、薔薇を盗んだ男はいった。
自分には帰るべき場所が、待っている家族がいるのだと。
ジョルノの心を盗んだくせに、他に大切な物があるから、去っていってしまうのだと。
悲しくて、寂しくて、泣きだしたジョルノにブチャラティは驚き、そして自分が摘んだ薔薇がジョルノの分身だということを知ると「償う」といってくれた。
ジョルノと同じく守護精霊を持っていた彼は理解していたのだろう。
それを傷つけられるということが、どういうことなのか。
それでも愛する家族とは別れの挨拶をしなければ、心配をさせてしまうだろう困っていた彼と約束をした。
ジョルノの薔薇を摘みとった償いをすると、ここに帰ってくると、そう約束をして、家族の元に帰ってゆく彼を見送った。
しかしブチャラティは帰ってこなかった。
ジョルノよりも彼を必要としている人達がいたから。
彼らの方がジョルノよりも大切だったから。
彼にとっては、ここは帰る場所じゃなかった。
ブチャラティに摘みとられた薔薇は、そのまま顧みられることなく、ひっそりと枯れてしまった。
彼はきっと、ジョルノの初恋だったのだろう。
今となっては誰よりも愛しい恋人になってしまった人には言えないけれど、彼はジョルノの心に初めて触れて、鮮やかに傷つけていった。
それでもその傷を懐かしいと、こうして笑えるのは、隣にミスタがいてくれるからで、望めばすぐに冷えた身体を温めてくれるから。
ここに幸せが、たしかな手触りで存在しているから。
「薔薇が、彼女が、僕を呪いから護ってくれる。だから僕はここでは普通の人間とそう変わらない生活が送れる。でもミスタ、僕が化け物にならないでいられるのは、ここでだけなんです」
「だから何処にも行かないでくださいね」そう強請るジョルノに、ミスタは「どこにもいかねェっていってるだろ?お前がイヤっていっても放さねェよ」と涙の浮かんだ目尻と頬と額に口づけを落とした。
その柔らかさと甘さに安堵して、ジョルノは優しいまどろみに身を浸した。
僕の庭に咲く薔薇は、全て貴方のものだ。
彼女はきっと貴方も護る。
だから、ずっとここにいて……。
「どこにもいかないで……」
まるで親に強請る子供のような必死さでしがみつくジョルノを優しく宥めて、眠りに落ちるその額にキスをした。
ジョルノの親父という奴は、とんでもない男のようだ。
親の罪にジョルノを巻きこんで、今も苦しめていることは許せない。
だがそいつが愛しいジョルノを、この世に誕生させた奴であることも確かで。
もしもそいつと会うことがあったら、オレはどうするのが正しいのか?
オレはそのとんでもない親父のせいで、ジョルノが厄介なことに巻きこまれる事も知らず、そんなことをぼんやりと恋人の寝顔を見ながら考えていた。