惚れ薬と恋心
「どうしたらいいんすかね・・・」
仕事を終え、公園のベンチに座る2人の男性――静雄とその上司のトムだ。
やたらと沈み込んだ様子で、仕事の合間も上の空だった静雄を、トムが「何か悩みでもあるのか?」と振ったところで、これまでの経緯が静雄から語られた。
(1番悪いのはその新羅だろうが・・・困ったな)
静雄の力があってこそトムたちの仕事も上手くいっているのだ。修理費は嵩むものの。
だがその静雄がいつまでも沈んだ顔でいてもらっては、迫力に欠けるし仕事にも影響が出てくるだろう。
トムとしてはなんとかしてやりたいのだが、なんともしようがないというのが事実だった。
「とりあえず、わざわざ向こうはちゃんとアイマスクしてたのにそれを外したお前が悪い」
「わかってるんすけど・・・ホントどうしたらいいのか・・・・・」
がくーんと首を折って頭を抱える静雄の姿は、池袋の自動喧嘩人形と呼ばれている男にはまるで見えない。
だが手をこまねいていても解決にはならないので、とりあえず解決策を手探りで考えていくしかない。
「振るのは駄目なのか?」
「もうやりました。め、めちゃくちゃ泣かれちまって・・・罪悪感で俺がどうにかなりそうだったんで、嘘だっつって・・・」
「だ、だめだろう・・!このままあの子が男に告白した可哀そうな子になってもいいのか?」
「よくないっすよ!わかってるんです!」
うぁぁっ!と髪をかきむしる静雄にトムは遠い目になった。
このままではダメだということも本人には嫌というほどわかっているのだ。
帝人本人に会ってしまったら、静雄は罪悪感もあって受け入れざるを得ない状況になるというのなら
(これしかねぇだろ)
「静雄、お前効果切れるまで、あの子と会わなきゃ――」
「あ、静雄さん!こんにちは!トムさんもこんにちは」
会わなきゃいいんじゃねぇか、と言いかけた上から、元気な少年の声がかぶさった。
トムの言葉よりもそちらの声に対して、静雄はベンチから立ち上がりかけてコケそうになるというアクションを見せながらも
「お、おぅ・・・」
となんとか片手を上げる。
にっこり笑って小走りに向かってくる少年の姿に、トムは苦笑いした。
この小動物的な感じは、確かにすげなく接するなんて無理だろう。
「あーこんにちは少年。なんつーか・・災難だな」
そう言葉をかけるトムに、帝人は幸せいっぱい!の満面の笑みを向けた。
あまりの眩しすぎる笑顔に、トムと静雄が一斉にくらっとよろける。
それでなくても借金まみれのおっさんたちを見続けている日々だ、こんな笑顔に巡り合う機会など全くないため耐性がない。
その笑顔に加え、惚れ薬に影響されている帝人は静雄とその関係者に対して、あまりに純真だった。
「いいえ!僕、幸せです。自分でも惚れ薬のせいだってわかってるんですけど、こんなに人を好きになれるんだなって・・好きになる相手が静雄さんだったっていうのも、すごく嬉しいです」
そう言って乙女のように頬に手を添える。
赤くなった頬を隠そうとするような仕草に、トムは一瞬相手が男であることを忘れかけた。
が、隣で立ち尽くす静雄がベンチの背もたれの一部を、紙を潰すかのように握りつぶしているのを横目に見て我に返った。
「ま、まぁガキのころは強い男に憧れるもんだしな」
「えぇ。でもその強いところもそうですけど、優しいところも、笑顔も、怒ってるところも、全部ぜんぶ好きです」
「あ・・・あぁ・・・・よかったな・・・」
トムの良心は帝人も被害者なのだ、と切々と訴えかけている。
それと同時にどうあったってこの帝人を振りきれないだろう静雄も本気で可哀そうになってきた。
(すまん、静雄、俺には無理だ・・!)
この少年の笑顔が曇る様は確かに見たくない。
が、見たくなければ同僚と知り合いがホモになってしまう。
「はい!えっと・・静雄さん、どうかしましたか?ずっと黙って・・・」
身長が低いせいで、下から静雄の顔を覗き込む。
(完璧なアングルだな・・)
と静雄をトムが憐れんだ瞬間、やはり照れによる感情の高ぶりがメーターを振り切ったようで、ベンチの背もたれがあっさりと破壊された。
木片になったそれを投げ捨てると、顔を真っ赤にしたまま
「いいからお前もう黙ってろ!」
「はっ、はい!すみません!」
叫ぶ静雄にビシッと背筋をのばして軍人のように答える帝人だったが、好きで好きでたまらない(惚れ薬のせいだが)静雄に怒鳴られたのがショックだったのだろう。
トムが呆れたように名前を呼んだ。
「静雄・・・・」
「うっ・・・あ、いや、俺が悪かった・・・・だから・・泣くな、マジで頼むから」
「・・・っく、ご、ごめ・・・なさい・・」
ボロボロ涙を零す帝人の頭を、これ以上ないというほど繊細な動作で静雄が撫でる。
傍から見れば痴話喧嘩したカップルのようだった。
頭を撫でる仕草と怒ってないという言葉に、だんだんと帝人が笑顔に戻っていく。
その赤くなった目元を優しい笑みを浮かべて擦ってやっている静雄を見て、
(あーこりゃダメだ。静雄のやつ突き放すなんて完全に無理だわ)
とりあえず、同僚が「俺ら付き合うことにしました」と報告してきても、笑顔で良かったなと言ってやれるだけの心構えはしておこうとトムは思った。