あぁ。なんて滑稽で愛しい!!
「・・・・・・・・なんでいるの。」
「・・・第一声がそれかノミ蟲。」
ふっと瞼が持ち上がって、ぼーっと周囲を確認して現状を認識したとたん、全身をどうしようもない虚無感が襲った。俺は、生きていた。あんな肋骨が何本かイったような状態でシズちゃんと追いかけっこして、意識を失ったにも関わらず、俺はどうにか生きているらしかった。
ここは見覚えのある天井で、どうやら新羅のところに運び込まれたらしかった。今、シズちゃんがここにいる、ということは俺はシズちゃんに運ばれたのだろう。
なんて滑稽な!!
シズちゃんは、俺を殺す殺す、と言いながらも、殺さなかったのだ!しかも、殺さなかったばかりか、新羅の所へ運び込んで助けたのだ。これ以上滑稽な話しがどこにあるというのだろう。
「せっかくのチャンスだったのに、殺さなかったんだねぇ。」
「テメェ・・・」
「あはは!俺の事、殺す殺すって言っておきながら、結局はそうじゃない!!」
笑い声を上げると、イカレた肋骨がさすがに痛い。それに合わせていちいち顔をしかめてなんかいられないから、脂汗が浮くのを感じながらもどうにか起き上がって、シズちゃんへと向かう。
「分かった?シズちゃんに俺は殺せないんだから、いい加減あきらめなよ。」
諦めないでほしい。
「あんな状態の俺を殺すどころか、新羅の所に運び込んで助けてるんだからね!」
じゃないと、俺はどうやって君に接したらいいか分からない。
「本当、君は馬鹿だよ!!」
じゃないと、俺はどうやって君の特別になれるのかが分からないから。
「まぁ、そこが面白いとは思うんだけどね。」
いつもとは違う、感情を抑えているんでもない、爆発寸前なわけでもないシズちゃんの瞳が見つめてくる。その表情は見たことのないもので、どうしても逃げそうになるのを意地だけでどうにかふん、と笑って見せる。
どうして、あの時に殺してくれなかったの。もし、そうしていたら、きっとシズちゃんの憎しみはすべて俺のもので、特別なまま死んでいくことができたかもしれないのに。どうして、俺の望みを叶えてはくれないの。
何?と挑発するように笑いながらも心の中を占めるのはそれだけだ。この、寂しがり屋で愛されたがりのしなやがな化け物の手で死ねるなら、本望だ。それすらも、シズちゃんは叶えてはくれないのだろうか。それすらも、俺の思い通りにはなってくれないのだろうか。
そんなに、俺の事が嫌いなのだろうか、とそこへ思考が至って初めて、それこそが自分が望んだことであると正常に機能しはじめた脳みそが告げる。ああ、そうか。憎しみでいい、嫌悪でいい、特別になりたいと思ったのは俺じゃないか。
怒りに染まっていないシズちゃんの目を向けられるのは初めてシズちゃんを見た時と合わせてこれが二回目で、こんなにも澄んだ瞳をこんな間近で見るのはむしろ初めてだった。
「じゃあ、なんで・・・」
「・・・何。」
一度口を開いて、言いかけてそれから口を閉ざしたシズちゃんに、眉を寄せる。言い淀むなんて、化け物らしくないんじゃない?と挑発の言葉を口にしても呆れたような、微妙そうな表情をするだけで何も言い返してはこない。
どうしたの。何かいいなよ。俺の事が憎いんでしょ?憎しみの言葉でも言えばいい。呪いの言葉でも吐けばいい。それこそが、俺が望むものだから。
そう、思考が言葉を並べる。けれども、そう自分の中で言葉にするたびに、ぎゅっと喉を締め付けるような息苦しさと、イカレた肋骨のその中心あたりが締め付けられるように痛い。
作品名:あぁ。なんて滑稽で愛しい!! 作家名:深山柊羽