beloved person
それをクスりと笑うと、波江は撫でていた手で帝人のあごを持ち上げ、目線を合わせた。
「私は貴方を気に入ってるのよ。
誠二以外に興味なかったけれど、貴方は少し違うわね。」
目を細め、帝人を見つめながら、波江は帝人の頬を撫でると、赤い顔の帝人が少し微笑む。
「じゃあ、臨也の相手をよろしくね。
ウザイでしょうけれど・・・。
ああ、そうだわ。
私の事は波江って呼んで頂戴。
いいわね?」
そう言うと、波江は帝人に一歩近づき、帝人の額に口付ける。
「ふぇ・・・、は、はい。」
元々赤かった帝人の顔は更に赤くなり、そう答えるのが精一杯だった。
それを見届けた波江は、クスりと笑うと、帝人の頭をひと撫でして、踵を返し、そのまま改札の中へと消えていった。
それを固まったまま見送った帝人は、我に返るのに数分を要した。
やっと我に返った帝人は、今起こったことを反芻しつつ、新宿駅を後にする。
【えっと、なんでこうなったんだっけ?
何で、矢霧さんとああなったんだっけ?
波江さんって今度逢ったとき言わないと・・・怒られるかな?】
そんなことを考えているうちに、臨也のマンションの玄関の前にいた。
頭の中のことを振り切るように、頭を振ると、目の前のインターホーンを押す。
『どちら様?』
インターホーン越しに聞こえる臨也の声。
それに何故か自然と帝人は微笑む。
「あ、臨也さん、帝人です。」
そうインターホン越しに言うと、ぶつっという音が聞こえてた。
しばらくすると、帝人の目の前のドアが開く。
「やぁ、帝人くんいらっしゃい。」
ドアを開けながら、ひょっこりと臨也が顔を出す。
「こんにちは、臨也さん。」
にっこりと笑いながら、帝人は軽く会釈をする。
「さ、入って。」
そう臨也に促されて、そのまま帝人は中に入ると、そのまま、奥にあるキッチン近くのリビングへと向かう。
何度も来ている内に覚えたその場所は、帝人にとっていまや定位置になりつつある。
それを見届けた臨也は、珈琲メーカーに保温しておいた珈琲をマグカップ2つに入れると、それを持って帝人の元に向かう。
帝人は、ソファがあるにもかかわらず、テーブルとソファの間に座り込んでいた。
「はい、帝人君。」
そう言うと、臨也は帝人の目の前のテーブルに珈琲を置く。
「あ、ありがとうございます、臨也さん。」
見上げながら、にっこり微笑むと、置かれたティーカップを手に取り口をつける。
臨也はそれに満足したかのように微笑むと、そのまま帝人を抱えるかのようにして後ろに座った。
「・・・臨也さん、なんでそこなんですか。」
ティーカップをテーブルに置いて、振り向きつつそう言うと、片手でティーカップを持ちつつ、しっかりともう片方の手で帝人の腰を抱いていた臨也が笑った。
「帝人君補給だよ。
ここの所、忙しくて帝人君に逢えなかったからねぇ。
少し時間が空いたから、逢いたくなって来て貰ったんだ。」
にっこりした笑顔で臨也がそう言うと、帝人はテーブルのティーカップを取り、かけられていたテレビを見る。
「来て欲しいって言うから、何か頼まれごとでもあるのかとおもって来たんですけど・・・。
それに、ここの所って言いますけど、つい昨日、池袋であったじゃないですか。」
テレビから目を離さず、まっすぐ前を向きながら帝人がそう言うと、臨也はディーカップをテーブルにおいて両手で帝人の腰を抱き、彼の背中に顔を埋める。
「だぁって、静ちゃんが邪魔するんだもん。
もう、早く死んでくれないかなぁ、静ちゃん。
帝人君とラブラブできないじゃないか。」
臨也がそう言うと、帝人は溜息をつく。
「ラブラブなんてしませんよ、池袋でなんか。」
ずずっと珈琲を啜りながら、それでも目線はまっすぐテレビを見つめる帝人。
「帝人君、冷たいなぁ。
俺はこんなにも帝人君を愛してるのに。」
回していた腕を更に強く抱きしめて、臨也が呟くようにそう言うと、帝人は更に溜息をつく。
「臨也さんが愛してるのは人でしょう。
そんな何人ものうちの一人なんて、嫌ですよ、僕。」
後ろは一切振り向かず、そう言う帝人の肩を掴むと、臨也はそのまま横に倒す。
びっくりしている帝人に圧し掛かるように覆いかぶさると、臨也は眼下の帝人を見つめる。
それに無意識に帝人は顔を逸らす。
「ねぇ、帝人君・・・。
静ちゃんには顔みて笑ったりして、あんな顔するのに、俺には顔を見て話してくれないよね?
俺の事嫌い?」
臨也にそう言われても、帝人は顔を背けたまま。
彼の顔が今どんな顔なのか、ちらりと見ると、少し傷ついているかのような顔をしていた。
「・・・緊張するんですよ、臨也さんの顔みると。
無駄に綺麗だから。
それに、嫌いじゃないですよ、ウザイけど・・・。」
そっぽを向きつつ、呟くように帝人が言うと、臨也が微笑んでいるのが少し見えた。
「ウザイって、ひっどいなぁ。
これでも、他の人に言うより、帝人君には言葉選んでるつもりなのになぁ。」
嬉しそうに笑いながら、臨也は帝人の頬を撫でる。
「もう、臨也さん、早くどいてください。」
帝人がそういいながら、臨也の体を押しのけようとしたが、その手を取られ、指を絡められた。
「いいじゃない、もう少しこのままでいさせてよ。
本当に足らないんだ、帝人君が。」
そう言うと、臨也は絡めた手を軽く握る。
それに溜息をつきながら、体の力を抜いた帝人は、目の前の臨也の顔を見る。
「仕方ないですね・・・。
変な事したら怒りますよ。
満足したらどいてくださいね。」
呆れたように臨也にそう言うと、臨也は満足そうに笑った。
「変な事・・・ねぇ。
キスくらいはしてもいいじゃない?」
含み笑いをしながら、帝人を見下ろすと、臨也は帝人の首筋に顔を埋めると、そのまま帝人の首筋を舐める。
「んっ・・・、変な事したら帰りますよ、もぉ。
軽いキスくらいならいいですから、それは止めて下さい。」
諦めた帝人はそう妥協案を出すと、何度目か分からない溜息をつく。
それに更に気を良くした臨也は帝人のおでこに口付けると、眼下の帝人をじっと見る。
そのことに気づいた帝人は、諦めたようにそっとめを閉じる。
臨也はそれを見てクスりと笑うと、そっと帝人の唇に口付ける。
本当に触れるだけのキス。
その口付けは少しすると離れ、いろんな意味で覚悟をしていた帝人をびっくりさせた。
「・・・臨也さん?」
少し不安になった帝人は、絡めていた手を解くと、見下ろしている臨也の頬に触れる。
その行為に目を細め、自ら頬を帝人の手に擦り付けるようにする臨也に、帝人は更にびっくりした。
「何かあったんですか?」
心配そうに問いかける帝人に、臨也は首を横に振ると、そのまま帝人の胸に顔を埋める。
『ああ、相当弱ってるんだなぁ、この人・・・』
そう心の中で呟くと、帝人は両腕でしっかり臨也を抱きしめる。
臨也はそれに一瞬驚いたが、そのまま帝人にしがみ付いた。
それは長い時間だったのか、それとも臨也にとっては短い時間だったのか分からないほど、時間感覚が麻痺した一時。
その一時を臨也の携帯の電話の音がその時を壊した。
作品名:beloved person 作家名:狐崎 樹音