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【土沖】S王子の調教/同人誌サンプル

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サンプル2





先ほど土方の部屋にあった瓶詰めの花へ触れてからというもの、どうしてか沖田はおかしい。降り満ちる蝉時雨みたいに、昔のことをとめどなく、とめどなく思い出す。



それは、盛夏のさなかにふさわしく蒸し暑い昼下がりのことだった。こんな日の沖田は猫の子のようにして、涼しく眠りよい場所を探すために、てくてくと屯所の中を巡ったりする。

探索はなかなかに大変だ。なにしろ冷房の効いた談話室は人の出入りが絶えないし、執務室は各隊の隊長たちが生真面目な書類を書くために腰を据えている。食堂は決して午睡にふさわしい場所ではなく、自分の部屋で寛ごうにも、肝心のクーラーは夕べからリモコンが行方知れずなのだ。困った、これではちっとも仕事をさぼれない。


どうしたものかと考え込み、そしてふと、昨日の夜は自室を抜け出して土方の部屋へ行ったことを思い出した。

そうだ、そこならちょうどいい。布団に潜ろうとすると暑がって怒った土方も今なら屯所にはおらず、とびきりの名案だ。立ち上がった沖田は障子戸に指をかけて、雨戸の開け放された廊下へと出た。



花は、そうして訪れた土方の部屋の、書類たちが整然と詰まれた文机の上にあったのだった。コルクで栓をした硝子の小瓶に詰められて、さんさんと盛夏の陽を浴びて。金平糖ほどに小さく、薄桃色の花々である。



花なんか、この部屋にあるのは珍しい。そんなものに興味はないはずだし、沖田が石やシールを集めてはすぐ飽きて散らかすのと違い、江戸に来てからの土方はあまり私物を持ちたがらなくなったのだけれど。

へんなの、と瞬きをした。障子を開け放したまま部屋に踏み入り、その小瓶を拾い上げてみる。
目の高さにして瓶をかざせば、中の花たちは縁側から差し込む光で蝋のように透き通って見えた。

コルク栓に触れた。すると、瓶は容易く開いたのだった。まるで最初から、ただ触れるだけで外れてしまう作りであったかのように簡単に。




その瞬間、甘く濃い香りが部屋の中へ立ち込めた。



くしゅん!とくしゃみをひとつした。とろとろとして、体の深く深くまで入り込んでくるような強い香りだった。ここに煙草以外の匂いがあるのはよくないのに、これではまるでこの花の海にいるようだ。

顔を顰め、慌てて栓を閉め直してもまだ喉の奥に甘ったるさが残るほどで、沖田はこんこんと空の咳をする。あるいはなにかの香料に使う花なのかもしれない。そんなものが土方の部屋にあるのは不思議だけれど、なんにせよ趣味の悪いことだと口を尖らせた。




追憶の波が忍び寄り始めたのは、それからだ。


例えば、遠くの風が連れて来た風鈴の音色が、かつての武州で聞いたものに似ている気がしたこと。

顔を上げて振り返ると、そこから見える縁越しの庭にふるさとの景色が重なって思えたこと。古い造りの家に満ちている、馴染んでしっくりとした柱、畳の匂い。そうするとあの台所や背の高い桐箪笥さえ見えてくるようで、文机の前に座り込む。

庭の向こうに、ふたり分の洗濯物がはためく光景があるような気持ちになった。
「そーちゃん」と、柔らかな声で自分を呼ぶ姉のこと。赤い握り飯のこと。かつて、確かに手と手を繋ぎ合ったこと。


小さな沖田が「あねうえ」と呼べば、姉は決まって小首をかしげるようにして口元を綻ばせた。そうして、「どうしたのそーちゃん」とやさしい声で沖田を呼ぶ。どんなに忙しくても、必ず一度は振り返って目を見つめてくれる。


「そーちゃんはいい子ね」


ぎゅうっと抱きついてみたら、やさしく頭を撫でられた。おんなじくらいの愛情が返って来ることがくすぐったくて目を瞑り、肩を竦めた。

「近藤さんと十四郎さんが来たら、みんなで一緒におやつにしましょう。今日のすいかはとっても甘いのよ。きっと、唐辛子をかけたらすごくおいしいわ」

花のような微笑みを浮かべた姉が、沖田の頬に触れるから、その白い手に自分の手を重ねて笑う。ひたひたと満ち足りて、これで十分なのだと思う。姉がそうやってやさしく名前を呼んでくれるなら、世界に怖いものなんてないような気さえするのだ。この先、一生ずうっと。



不意に、濡れ縁に濃い影が落ちた。
影が眩しいな、と感じた。光でもないくせに、どうしてこんなに眩しいんだろうと小さい沖田は不思議になった。顔を上げると、紺色の空をそこだけ切り抜いたかのように、こっくりとした黒色の立ち姿があって目を細める。

「土方さん」

ちっとも沖田に敬語を使わない不逞の後輩は、随分と不機嫌そうな顔をしてこちらを見下ろしているのだった。今朝方に近藤の道場で会ってからとんと姿を見掛けなかったけれど、どうしていたんだろう。

「テメー、またサボってやがるな」

景色が茫洋とぼやける。じわじわと、蝉が鳴いている。
沖田は小さい頭をことんと傾けた。随分と中途半端だが、今日はこの時間にも稽古のある日だっただろうか。それにしたって、土方は見慣れない服装をしている。


それは、漆黒の生地に銀色のラインが綴られた異国の洋装だった。上も下も黒ずくめで、かっちりと堅苦しいことこのうえない。その上にいつも後ろで結んでいるはずの髪までばっさりと短くなっており、どうしたことだろうと思いながら、沖田は口を開く。


「変な格好ですねィ。一体いつ髪なんか切ったんですかィ、尻尾は?」


尋ねたら、眉を顰めた土方が、分からないものを見るような目付きをこちらに向けた。

「第一、土方テメー何処行ってたんでィ。道場の掃除!」
「なんだよ掃除って」
「新入りの仕事に決まってらァ」

睨み付けられる。だから、沖田もむっと口を尖らせて睨み返す。

「俺がこんなにいい子で待っててやったのに。それに、今日のすいかはとびきり甘いからって、姉上が折角……」
「総悟」




そのとき、土方がこちらに手を伸べた。
手のひらで、沖田の耳を塞いだのだった。それからこちらを見据え、僅かな間、過ぎた時間を眺めるような目付きをした。間違えたことにびっくりして、ぱちぱちと瞬いた。






だって、姉はもういないのに。

何処にもいないのに、どうしてこんなことを言ってしまったのだろう。
沖田が尋ねたのは、なんにも不思議なことではないのだ。土方はいつもと変わらない隊服を着ている。長かった髪など、我々が真選組という組織になったときにばっさりと切ってしまった。あの頃望んだ刀を提げて、そうしてここにいるんじゃあないか。


頭の中がぐらぐらとしていた。早く世界を確かめたいのだけれど、滲む視界の中、これでは目の前にいる土方を見詰めるだけで精一杯だ。

「お前、俺の部屋に置いてある花に触っただろう」
「……花?」
うん、と、土方が答える。



「過去と同じ景色を見せる花」



そうして、もう一度沖田に向けて先ほどのまなざしを注いだのだった。夕焼けが眩しいのを眺めるような、よく見えないものを確かめるときのような、そういう、遠くを望む色で。


おかしなものを手に入れてくれたものだった。