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それが「恋」だと、

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第六話 / どちらをとるの?






ここは真っ暗な夢の中。抱きしめた子どもがずっと泣いている。
立ちっぱなしも疲れるので、座り込んだら、子供は帝人の首に抱きついてやっぱりさめざめと泣く。あやすように背中と頭を撫でてあげると、苦しいほど抱きついてくる腕に力が込められた。

ねえ、どうしたの、だいじょうぶ?

思い切って帝人が問いかければ、いやいやと首を振って、子供は拙い言葉をたどたどしく口にする。泣いたせいで掠れた声で、帝人の首筋に顔を埋めながら。

こわいよ。

頼りない声が言う。小さな体が震えている。
こんなに小さな子が、何を恐れるというのだろう。帝人は不思議に思って、その背を撫でながら尋ねた。

なにが、怖いの。

この暗闇だろうか。それとも2人しかいない空間が、だろうか。
首をかしげた帝人と、子供はようやく顔を合わせる。涙でぐしゃぐしゃになった顔、その瞳は泣きすぎて赤くなっていた。

ひとりにしないで。

そうして帝人の頬に触れる、小さなてのひら。
その子供の表情を、知っている。





そろそろ、あの首の正体について、真剣に考え無ければならないのかもしれない。
帝人は大きく息を吐いて、帝人を抱きしめたまま眠る臨也の顔を見上げた。
あれから毎晩、彼はこうして帝人のベッドにもぐりこんでくる。そして何をするでもなく、ただ、大切そうに帝人を抱きしめて一緒に眠るのだ。ぎゅっと抱きしめられるその腕を振り払うことは、足かせを外すことよりもずっと困難そうだった。
たぶん、嫌いにならないでといわれたとき、ならないと帝人が返せなかったせいなのだろう。毎晩毎晩、ごめんね許してねと囁きながら、臨也は帝人をぎゅうぎゅうと抱きしめる。まるであの日の情熱など、無かったような態度で。
最近では、首よりも帝人本人に触れていることのほうが多いのかもしれない。それを思うとなんとなく帝人は安堵を覚える。それからはっとしたように自嘲した。
まさか強姦されるとまでは思わなかったにせよ、臨也の泣きそうな顔を見てしまうと、何をされても許してしまいそうな自分が一番怖い。もう既に、ここに監禁されてから10日を過ぎた。早く日常に戻らなくては、ここにいることが当たり前になってしまう。
それなのに、今の帝人には、逃げるという気持ちが全く湧いてこないのだった。
だんだんと薄れていく手首の痣と所有印を、勿体無いような気持ちで見てしまう。いくらなんでも、それはまずいだろうに。
「・・・みかど、くん?」
寝起きの掠れた声が聞こえて、帝人ははっと思考を浮上させた。もう起きたの、と言って時計を見る。帝人もデジタル時計に視線を移せば、時刻はまだ早朝6時を回ったところだった。
「どうしたの、お腹すいた?何か作ろうか?」
「あ、いえ、目が覚めただけですから」
「そう、ならいいけど。・・・おはよう」
「あ、はい・・・。おはようございます」
答えると同時に軽いキスをされて、帝人はやっぱり体がすくむ。臨也はなかった事にしたいのかもしれないが、あの日のことを忘れるなんて帝人にはやっぱり無理で、だから触れられると体が勝手に反応してしまう。そんな反応に、臨也はやっぱり傷付いたような顔をするから、直さなきゃいけないとは思うのだが。
「・・・何を考えてたの」
いつもならそのまますぐにベッドから出て行く臨也が、帝人の腰を抱くようにして尋ねた。それにもやっぱり同じように体をこわばらせて、帝人は小さく答えた。
「首の、ことを」
その答えに、臨也の方がびくりと体を揺らす。
「首の、何を」
緊張をはらんだ声が言う。頑なな子供のように強張ったその表情は、やっぱり恐怖を訴えているような気がして、帝人は小さく息を飲む。
あれが、臨也にとっての聖域のようなものなのだと言うことは、知っている。
そもそもどうしてあれが帝人の顔をしているのか、それを帝人は知りたいけれど、でもそれを問うたところで、臨也が明確な答えをくれることはないだろう。だってきっと、臨也も知らないのだろうから。
「あ、いえ、あの、なんでも・・・」
「嘘。何を考えていたの」
ごまかして逃げようとすると、ますます強く抱きしめられて追求される。その腕が震えていることを、帝人は知っている。怖がりのくせに自らを追い込むようなことをする臨也のその態度は、手負いの獣のような脆さを感じさせた。
帝人は観念して息を吐く。それから小さく、答えた。
「・・・あれは一体なんなのかって。なんで、僕の顔をしているのかって、思って」
しかしその答えは、お気に召さなかったようだ。臨也は小さくどうしてそんなこと、とこぼして、それから体を少し離して、まっすぐに帝人と視線を合わせた。
「・・・あれは君だよ」
半分は自分に言い聞かせるように告げる声は、滲む不安を訴える。それでもその声に同意するには、帝人に情報が足りないから。
「・・・違いますよ。だって僕の意思では動かない」
「君だ」
「違います」
「君だって言ってるだろう!」
焦れたように怒鳴って、けれども怒鳴った臨也の方が苦しげな顔をするから、言葉を飲み込みそうになる。けれども帝人は、お前だと言われたその首について、臨也に問いただしたいことがあった。
「僕じゃないです!」
「君だ!」
「っだって!じゃあそれなら臨也さんは、あの首と、」
そこまで怒鳴って、帝人は、はっと口を噤んだ。
今、何を問おうとした?
「・・・いえ、なんでもないです」
慌てて口を噤んで、帝人はベッドから抜け出す。いつまでもこんなことを言い争っていたら駄目だと、急いでトイレに閉じこもった。外から、小さな臨也の声が自分を呼ぶのがわかったけれど、今出て行くことはできない。だって、今、帝人は。


あの首と僕となら、どっちをとるんですか、なんて。


そんなの嫉妬みたいだ。
馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい。


作品名:それが「恋」だと、 作家名:夏野