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それが「恋」だと、

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第七話 / それに触れるな!






ふらふらと歩く足取りが酷くおぼつかない。
臨也は布で包んだ上にガラス容器が割れないよう布の袋に入れた首を抱えたまま、どこか途方にくれたような顔で町をさまよっていた。
既に時刻は夕刻になり、そろそろ帰宅して夕飯の準備を始めなければ帝人がおなかをすかせてしまうと分かっていて、それでもどうしても足が新宿に向かない。ぐるぐると混濁する感情が、臨也の心を攫っていく。


帝人が触ったら消えると思う。


セルティの示した文字列が、何時までもチカチカとフラッシュバックのように臨也の脳裏に張り付いていた。知らず、首の入った布袋を持つ手に力がこもる。
・・・泣きたい。
切実にそんなことを思った。夕暮れの赤の美しさと、都会の人波の喧騒と、手にかかる首の重みの相乗効果で。臨也にとって首はあって当たり前のもので、それが消える未来なんて考えたこともなかった。じゃあ帝人に触れさせなければそれでいいのかとも思ったが、セルティは「存在していていいものではない」と言ったのだ、いずれ帝人か首か、選ばなくてはならないときがきっと来る。
首も帝人も、どちらも手放すつもりなんてなかった。だってどっちも臨也の唯一無二なのだから。それなのに、何でこんなことに。
血の気の失せた顔でふらふらと歩き続けながら、臨也は考える。
臨也の望む通りに側にいてくれるけれど、温もりも体もない首と、温かくて抱きしめることもできるけれどおそらく臨也を許さないだろう帝人と、どちらを選べるというのだろう。臨也が欲しかった唯一無二は、その両方だ。
ビルの合間を縫うように、赤い夕焼けがゆっくりと沈んでいく。その様子を呆けたように見詰めて、臨也は大きく息をついた。愛してるなんて、言っても言っても足りないし伝わらない。帝人が愛してくれないかな、と夢のようなことを願う。そうしたら帝人だけでいい。首はとても大事だけれど、もしも帝人が愛してくれるなら、欲しかったものは全部帝人が持っていることになるから。
でも、それはありえないよなあ。
ぼんやりと自分のつま先を見詰めていた臨也の視界にふと影が下りた。


「こんなところでぼーっとしてるとは珍しいじゃねえか、臨也君よぉ?」


瞬間、殺気にはっと身を翻せば、寄りかかっていた公園の手摺がガードレールに激突されてぐしゃりと潰れる。間一髪、と息をつく暇もなく、臨也は後ろに向かってとび、その怪物から目を逸らさぬようにしながら距離をとった。
「・・・人が沈んでるときにタイミングよく現れないでくれるかなあ、ほんとムカつくよねシズちゃんって」
片手には首の入った布袋。どこかにぶつけたりしたらガラスが砕けるか、下手をすれば首が潰れる。最悪だ、と引きつった笑みを浮かべた臨也に、静雄は低く唸ってサングラスを胸ポケットにしまった。
「ああ、こんな近づくまで気づかねえとは珍しいとは思ったけどな。沈んでるっつーんなら好都合だ、そのまま死にやがれ!」
叫んだ静雄が標識を引っこ抜く。同時に臨也は大地を蹴った。冗談じゃない、万が一この首に何かあったらどうしてくれる。
「逃げんな臨也ぁあああああああ!」
「そう言われて止まる馬鹿がどこにいるのさ!」
後ろからものすごいスピードでいろんなものが投げつけられて、風を切って臨也を追い越していく。ガシャ、グシャ!とぶつかり合うゴミ箱やらベンチやらが、視界の端でクラッシュした。
「っ、ざっけんな!」
背に迫る何かの気配に、臨也はとっさに首を抱きしめて転がった。その上を飛んでいくのはカーブミラーだ。思いがけず必死な顔をした自分が、飛んでいくその一瞬にちらりと見えた。すぐさま起き上がって追撃に備えれば、殺す殺す殺すとブツブツ言いながら迫ってきた静雄が標識を構えて対峙する。
「あ?テメエなに持ってんだ」
ふと、普段なら気にも止めないであろう荷物に、静雄が気づいた。真っ黒な服を来た臨也が大事そうに抱えている白い布袋が目立ったというのもあるが、普段ならぶちきれた状態の静雄がそんなことに気づくことはめったに無い。それにチッと舌打ちをして、臨也は袋を抱え直した。
こんなもの見られたら、さらに厄介なことになる。
思わずぎゅっと布袋を握り締める腕に力を込めた臨也を見て、何か悟ったのか、静雄は眉根を寄せた。
「・・・胸糞悪ぃ。あれか、盗品か」
「・・・」
言葉につまるのは、確かに盗品で間違いないからだ。
とはいえ、犯行は20年以上も昔で、しかも身内の祖父からだけれども。しかしその一瞬の沈黙を汲み取った静雄は、盛大に歯ぎしりをして標識をガツンと地面に叩きつける。
「俺ぁよお、借りたものを返さねえ奴と人の門を盗む奴は死ぬほど嫌いなんだよ。それがお前ならなおさらなあ!」
ひゅっと風を切って投げ捨てられた標識を避けた臨也に、ダッシュで迫った静雄が手を伸ばして布袋を掴んだ。
「っ!」
渡すまいと引き寄せようとして、臨也はミシ、といういやな音を聞いた。ガラスが割れる、と青ざめた臨也が手の力を緩めた隙に、静雄が布袋を取り上げる。
「っ離せ!それに触れるな!」
思い切り投げつけたナイフを物ともせずはじき飛ばした静雄が、その拍子に布袋を取り落とした。ガラン、とガラスが地面にたたきつけられる鈍い音がして、そのまま筒状のそれが転がる。コロコロと転がって、布を大地に置き去りにする。


「っ!?」


静雄が凍りついたような目でその容器を見つめている。無理もない、布の中から現れたそれは、紛れもなく人の首なのだから。
「見るな!」
腹立たしげに叫んで臨也はそれを拾い上げ、コートを脱いで素早く包みこんだ。この首を静雄に見せるだなんて吐気がする、そんなのは絶対に絶対に許容できない。だってこれは臨也の大切な唯一無二だというのに!
「お前なんかがこれを見るな!触るな!」
だってこれは大切な、大切なものなのだから。
幸いにも、ガラス容器にはヒビが入っている程度で、中の首は無事だ。とりあえずそれに安堵の息を吐こうとした、その時だ。
「てめぇは!」
音を立ててコンクリートの地面を叩いた静雄の拳が、怒りに震えている。
「てめえはついにそこまで落ちたのか!」
「何がだよ!」


「誰を殺した!」


「・・・は?」
言われた言葉の意味が分からない。臨也が思わず間抜けな声を出すと、それにイラついたようにさらなる怒鳴り声が響いた。
「その首は誰の首だって聞いてんだよ!誰を殺した!」
・・・やっぱり、言っている意味が分からない。
誰を殺したって?誰もだ。臨也は自らの手で誰かを殺めたことだけはない。いったいなぜこの単細胞はそんな勘違いをして怒っているのだろうかと首をかしげた臨也に、静雄の声が、思わぬことを言い捨てた。
「人殺しが首なんか持ち歩いてどうすんだ!」
「あ、え?」
首。
作品名:それが「恋」だと、 作家名:夏野