それが「恋」だと、
なんだあいつはこの首が誰かの死体から切り離されたものだとでもいいたいのか?これが、この首が?そんなおかしなことがあるわけがないだろう常識を考えろ、と言いかけて臨也は口を紡ぐ。だって考えても見ろ、この首を死体から切り取ったというのなら帝人は今ごろ死んでいる。臨也はそんな愛し方であの子を自分のものにしたいのではない。臨也にとって唯一無二のあの子を、殺して永遠に自分のものに、なんていう中二病で失うなんて狂気の沙汰だ。そういうんじゃない、そうじゃなくて、あの子は温かいからあのままがいいんだ。抱きしめてほしいから手足も必要なんだ。名前を読んでほしいから声がいるんだ。笑ってほしいから生きていなきゃいけないんだ。それなのに。
「・・・はは、」
臨也は乾いた笑いが漏れるのを止められず、思わず小さく笑った。
今にも殴りかかってきそうな静雄に、臨也にしては珍しいくらいの力の抜けた笑顔が向けられる。
「なあんだ、そうかあ、そうだよねえ」
「てめえ、誤魔化すのも大概に・・・!」
「なんか、うん、シズちゃんのお陰でちょっと分かったよ」
そのあまりに気の抜けた顔に、思わず静雄も張り詰めていたものを緩和させる。一体なんだ、あの首は作り物なのかとも考えたが、あのリアルな髪のうねりや、今にも開きそうなまぶたは作り物という域ではない、気がする。
「勘違いは訂正しとくけど、これは運び屋の首と同じようなものだよ」
「あ?」
「人間のものじゃないってことさ」
もう一度大切そうにそれをコートの上から抱えなおして、臨也はニヤリと笑った。ようやくいつもの調子が戻ってきたようだ。
「ついでに言うと、今はシズちゃんの相手してる暇も・・・ないんだよねえ!」
一歩踏み込んで、地面におきざりにされていた布袋をつかみ、そのまま静雄に叩きつける。ダメージを与えるためではなく、その視界を奪うために。
「っテメエ!」
静雄がその布袋を払ったときには、すでにそこには臨也の姿はどこにもなかった。
「帝人君!」
息を切らせて、臨也が寝室のドアを開けたとき、帝人はぼんやりと窓から外を眺めていた。夕暮の赤はすでに過ぎて、星空が広がっている外の世界を。
「・・・あ、おかえりなさい」
臨也の声を聞いてからゆっくりと視線を扉の方に向けた帝人の、その緩やかな動作を見て、やっぱり臨也は少し泣きたくなった。
帝人は、動いて、話して、そして温かい存在なのだと、改めて知る。
「っ遅くなってごめんね、今日は出来合いで悪いけど、天丼と牛丼どっちでも好きな方とって」
「・・・臨也さん、どうしたんですか?」
「え?何が?」
「それ」
ゆびさされたのは、コートにくるんだ首だ。ああ、と臨也は息を吐いて、ちょっとね、と曖昧な返事をする。それからそのガラス容器にヒビが入っていることを思い出して、新しい容器に入れ替えないとなと思いながらそれを廊下に出した。蹴り飛ばさないように壁に立てかけて置く。
天丼をとったらしい帝人の視線は、しかし扉を締めて一緒に夕飯を食べようとテーブルに座った臨也にじっと向けられている。
何事だろうかと首をかしげて見せれば、その頬に、帝人の手のひらがのびた。
触れる。
温かい、指が。
「っ」
え、あれ。
なんで。
思わず息を飲んだ臨也の頬を滑らすように、帝人の指はゆっくりとなぞる。その唇が、小さく開いた。
「ケガ、してますよ?」
その声はまるで臨也を心配しているように響いたから。
臨也は手にしていた割り箸を思わず取り落として。
離れていく指を捕まえた。
「・・・臨也、さ」
どうしたのかと目を見開いたその顔の、頬に手を添えて。
ねえわかってる帝人君、理解してる?君が俺に自分から手を触れたのは、君がここにきてから初めてだよ、初めてなんだよ、と。
そう思ったらもうたまらなくて、言いたいことは何も言葉にできなくて。
急に触れた唇に、帝人が体をこわばらせるのがわかったけれど、配慮してあげることもできない。逃げようとする帝人の唇を追って、何度も、何度でも追って。
涙がこぼれた。
頬を伝って流れ落ちるのがわかった。
悲しいとは思わない、苦しくもない、やるせなさや行き場のない焦燥でもなく。
ただ。
愛しいと思った。
臨也に触れる彼の手が。
臨也を呼ぶ彼の声が。
ただ、ただ。
きみがすきだよ。
そんな簡単なことなのに、まだ、勇気が無くて言えない。