それが「恋」だと、
唯一無二を、ただ一人の大切な恋を、臨也はいずれそうやって、自分自身の手で失うことになるのではないかと。それは心の中の根底を流れる、一つの明確なビジョン。臨也が自分自身をゆがんでいると理解しているがゆえの、現実味を帯びた恐怖だった。
「いらない・・・手なんかいらない!これが君を殺すんならそんなものいらない!」
癇癪を起こした子供のように、臨也はいやだと首を振って泣く。
「俺の手が君を殺すなら、切り落としていい、それで、君を傷つけたりしないから、ねえ、側にいてよ・・・っ!」
いつか、遠くない未来。
帝人が臨也を明確に拒絶するならば。
帝人がこの、臨也の用意した檻を打ち破って外の世界へともどるのならば。
そうして臨也のものにはならずに他の誰かのものになるというのならば。
臨也を、この暗い執着と呼ばれる闇の中に置き去りにするというのならば。
多分臨也はそう考えるのだろう。
手に入らないなら殺してしまえと。
そうして死体でもいいから側にいてくれと願うのだろう。笑って欲しいと生きていて欲しいと名前を呼んで抱きしめて欲しいと痛烈に願いながら、それらすべての可能性が潰えたとき、臨也は自分の全てを捨てて帝人のすべてを奪いに行くのだろう。
静雄と対峙したとき理解したように、帝人に望むことは揺るがない。
ずっとずっと側にいて欲しいと思うし、大切にしたい愛したい独り占めしたい、紛れもない恋の相手だから。
そしてそれは7歳の頃からずっとずっと、一つの芯のように臨也を支えてきた。
今まではある意味、その芯が折れることなど考えずに済んだのだ。だって昔は、帝人に出会うなんて思わなかったし、その上帝人は臨也のものではなかった。
自分のものでないものを失う恐怖なんてない。でも今は。
今は、ここに、この腕の中に。
他の誰でもない、帝人が、いる。
「臨也さん!」
強く、強く、帝人が呼ぶ。
涙で滲んだ視界の中で、帝人がもう一度臨也の涙を拭う。
「・・・っ馬鹿!」
瞬間、苦しいほどに思い切り、帝人の腕が臨也を抱きしめた。
「帝人、く・・・」
「もういい加減に・・・僕だって、覚悟を決めますよ」
覚悟?
帝人が、何の覚悟が必要だというのだろう?首をかしげた臨也を見つめて、帝人はまっすぐに問う。
「臨也さん、貴方は、僕が好きなんですか。それとも首と同じ顔が好きなんですか」
どっちなんです、と帝人が問う。
まっすぐに、まっすぐに見つめられた臨也の、心臓の音が騒がしく体内に響く。その、決心をしたような帝人の表情が読み切れなくて、小さく息を吐いた。
そんなの、もう、とっくに答えなら出ているんだ。
「・・・きみがいい」
改めて声にすると、酷く震える。
「っきみがいいんだよ!笑って欲しい、呼んで欲しい、抱きしめて欲しい、ずっと側に、いて欲しいよ!」
「なら!」
帝人の手のひらが再び臨也の両頬に触れる。顔を包み込まれ、思わず臨也の喉が鳴った。止まらない涙を拭うことを諦めて、帝人はその涙越しに臨也の瞳の奥を、覗き込む。
「ちゃんと言ってください。告白してください」
つられて泣きそうになって焦りながら、帝人はそれでも臨也を睨みつけるように見つめて、はっきりと告げた。
「こく、はく・・・?」
「・・・好きって言って」
なぜかねだるようになってしまったその言葉に、帝人は少し照れて目尻を赤くする。そんな帝人の姿に臨也は目をぱちぱちと瞬かせた。
すき。
言葉にするにはあまりに、勇気が必要な気持ちで、そう言えば一度もきちんとは言ったことがなくて。でも、口にするのは怖いと、思うけれど。
帝人にはそれが必要なのだろうか。
言って欲しいのだろうか。
言っても、いいのだろうか。
「・・・側にいて、くれる?」
震える声で問う。
帝人は少しだけ眉をしかめて、はい、と。
たった一言、はい、と告げた、から。
「すき、だよ」
言葉がこぼれた。
涙はとっくに溢れすぎている。
「すき・・・すきだよ、好き、好きです、君が・・・っ」
ねえだから、嫌いにならないで、側にいて。
出来ればでいいから、好きになってよ。