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それが「恋」だと、

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第四話 / いつかの青い蒼い、






それは臨也がまだ10歳頃の話だ。
その日、祖父が死んだ。


突然の心筋梗塞で倒れてからわずか数時間、大酒のみだった祖父の死因としては十分に理解できるものであったにもかかわらず、臨也は初めて目前にした人間の、それも身内の死に酷く動揺した。
まず、世界から人間が消えるという概念が怖い。
大人たちにそれをどうするのかと問えば、燃やして墓に入れるという。
冗談じゃない。燃やせば人体に宿る科学物質が酸素に反応して別の物質に変わってしまう。人間が人間で無いものに成り代わる。そんなことが許されてなるものか。
臨也が何度そんなことはやめろと告げても、大人たちは全く聞き耳を持たず、当然のようにそれは行われて。
臨也は怖くて怖くて、一人で部屋にこもって泣いた。
理解できなかった。
人間という器から、中身がいなくなることも。
その空っぽになった器を、炎にくべることも。
昨日まで意志を持って動いていたその人間が、明日からは欠片もそのまま存在しないという事実さえ。
理解できなかった。
理解したく、なかった。
臨也は自分の部屋で、首を抱きしめてひたすらに泣いた。その頃にはもう臨也にとって首はなくてはならないもので、一種の心の支えとでも言うべきだろうか、とにかく唯一無二の大事なモノだった。
人前でも家族の前ですらも、涙は流れないのに、どうしてか首の前でだけは、臨也はこんなふうに素直に泣くことができたのだ。
涙でぐしゃぐしゃになった頬をぬぐい、それでも止まらない涙を鎮めようと、臨也は顔を両手で持って、それを見つめようとした。どれほど泣いた時だって、こうして首をじっくりと見つめていれば、そのうちに泣き止むことができたのだ、今までは。
けれどもその時はなかなか涙が止まらず、臨也もどうすればいいのかわからなくて途方にくれていた。
その時だ。


首の瞳が、緩やかに開いた。


それは、まるで映画のワンシーンのような映像だった。
涙で霞んだ視界の中、ゆっくりと、ゆっくりと首のまぶたが震えて。
息を飲んだ臨也の目の前で、その瞳がだんだんと姿を表すのを。
その、青を。
光をたたえているような輝く蒼を。
臨也は呆然と見返す。
流れ続けた涙さえ止まるほどの衝撃。そしてごちゃごちゃと渦巻いていた感情がピタリと凪ぐ。
首が目を開けた。
そうして、その、澄んだ青い蒼い瞳がまっすぐに臨也を見据えて、そうして。


かすかに、微笑んだ。
ただ一度だけの・・・奇跡。





「俺の願いが分かったよね?俺は君に、ちゃんと俺を見て欲しいだけなんだよ」

じゃらりと音を立てた金属と、右足に感じる重み。足かせ、と思いついた途端に、帝人は初めて臨也に対して恐怖を感じた。
自分の首を目の前にしたときの恐怖が鮮烈過ぎて、ともすればこの程度と流しそうになるけれど、それでも確実に、臨也が怖いと感じる。
帝人が捕らわれたのは、臨也の寝室だった。目覚めたときには既に深夜0時を回っていて、いつまでも意識を取り戻さない帝人を心配するように臨也がその手を握り締めていた。そこまではいいとしても。
体を起してみれば、目があったとたん臨也は何事もなかったかのように冒頭の台詞を吐いた。気絶する前の会話の続きを、にこやかに。
「・・・僕を捕まえてどうするつもりなんです」
いろいろと尋ねたいことはあったけれど、どれから問えばいいのか分からなくてとりあえず口にすれば、臨也は大げさに肩をすくめて見せた。
「君は俺をもっと知るべきだってことだよ。そして早く俺を愛してくれればいい。そうしたら解放してあげるよ」
「普通、人を監禁するような人間を好きになったりしないと思います」
「軟禁っていうんだよこういうのは。大体、帝人君にとってはすごく条件のいい状態だと思うけどねえ」
臨也は能面のような笑顔を貼り付けたままで、淡々とそう言った。
君はこの部屋の中でなら自由にしてくれていい。ただしドアは外からしか開かない、ドアを開けている間は足かせをする。引きちぎろうとしたって無駄だよ、この鎖は一番丈夫で軽いのをえらんだんだ、ベッドの足に繋がってるから、無理に外そうとしても足を痛めるだけだよ。俺が居ない間はドアには鍵をかけておく。その間は足かせを外してあげる。お風呂とか入り辛いでしょ、そのままじゃ。心配しなくてもそこがシャワーでそっちがトイレ、このテレビもちゃんと映るから自由に使いなよ。冷房のリモコンはこれね、電気代なんか気にしないでいいから調節しな。欲しいならテレビゲームでも買ってあげようか?でもパソコンと携帯はあげられないんだ、ごめんね?外に助けを求められても厄介だからさ。だって俺は君に愛して欲しいだけで、別に君に危害を加えるつもりはないんだよ、これっぽっちも。ああ、あと窓から逃げるのはお勧しない、だってここ5階だし、危ないからね。ああ、勿論、俺を倒して脱出するって方法もある。まあ君に勝算があるならやってみればいいよ。だてにシズちゃんと死闘を繰り広げてないからね俺。
「ねえ、君のあのボロアパートで、冷房のない暮らしをするよりずっと有意義だろう?俺はこのために仕事を休んだんだ、ちゃんと三食作って食べさせてあげるから、食事の心配もしなくていい。君はただ俺の愛を受け入れて、そしてちゃんと俺を愛するように努力してくれればいいんだよ、簡単だろ」
隙のない笑顔で言う臨也に、帝人は背筋がぞわぞわするのを感じていた。この笑顔は怖いと思う。でも、どうして怖いのかと問われると言葉に詰まる。


「・・・あの首、は」


「ああ、予想外だったよ、君が首をあんなに怖がるなんて!」
臨也の笑顔を見ていたくなくて話題を振れば、臨也は大げさに眉を寄せて困ったような顔をした。
「おかしいよあれは。君はもっと超然と受け入れてよかったはずだよ?だってあの首は君だろう?自分を恐れるなんて変じゃないの」
意味が分からない理屈だ。というか、帝人は首を分裂させた覚えなんかない。でもあれは作り物の首と言う感じではなかった。今にも目を開けそうな、そういう、本物の首だったと思う。
「普通驚きますよ。・・・あれ、なんなんですか」
「さあ?首は首だろう、それ以外に何かあるのかい」
「だって、僕は別にデュラハンってわけじゃ・・・」
「どうでもいい些細な問題だよ帝人君」
息継ぎ無しの鋭い声がそれ以上の追及を拒んだ。
帝人は臨也の目を見返す。その奥に潜むのは、揺らぐような・・・恐怖、だろうか。
臨也も首が何者なのかについて、明確な答えを持たないのだろう。そして答えが分かって、その首が消えてしまうことを恐れてでもいるのだろうか。そこまで考えて、帝人はようやく理解した。
つまり臨也にとって自分とは、首と同じ顔の人間、というだけで。
臨也だって決して帝人そのものを愛しているというわけではないのだ、と。
たどり着いたその結論に、帝人はなぜかとても狼狽した。そんなことだったのか、この男の激情の意味は。あの首の前で自分にキスをした意味は。こうして部屋に捕らえて飼い殺そうとする意味は。
酷い不条理だ。そう思うけれど、今の帝人には逃げる手段が何もない。唇をかんで俯いた帝人に、臨也は不思議そうに問いかける。
「不満なの?大丈夫、すぐに君にとっての日常になるよ」
作品名:それが「恋」だと、 作家名:夏野