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あさめしのり
あさめしのり
novelistID. 4367
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女神の姿をした自由が僕を育んだ

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 痛いのはアメリカのほうなのに、苦しいのはアメリカのほうなのに。なぜ彼がそんな顔をするのだろう。ひどい。あまりにひどい。泣きたいのはこっちのほうだ。
 数度にわけて射精すると、彼は赤いアメリカの体液に塗れたそれを引きぬいた。
 アメリカはそのせいでひどい熱を出した。彼は一通り行為が終わってから、アメリカが妙に熱っぽいことに気づき真っ青になった。飛び上がって驚き、慌てふためき、それから鎮痛剤を飲ませてアメリカの体を濡れたタオルで拭い、寝かしつけたのだった。
「彼をひどい人だと思うかい? ・・・俺はそうは思えないんだ」
 まだ起き上がることはできない。痛めつけられた体はまだ回復しきっておらず、アメリカはまだベッドから出ることができなかった。
 それでも彼を憎むことはできなかった。
「どうしてだろうね。俺自身にもよくわからないんだ」
 イギリスがアメリカに対して行った行為は、決して許されるべきものではない。いかに植民地であれ、アメリカの尊厳を踏みにじる行いを許すべきではない。そうとわかっていながら、アメリカは彼を心の底から憎むことができない。
 それはきっとアメリカが彼を愛してしまっているからだ。
 泣きながら自分を犯したあの男を愛しく思うからだ。
 こつん、こつん。
足音が近づいてきた。イギリスがやってきたのだろう。
 シーツにくるまったまま、彼がドアを開く瞬間を待つ。
きっと彼はローストビーフの皿を持っているに違いない。アメリカが彼に作ってとせがんだわけではない。なぜそうとわかったかというと、先ほどから焦げくさい匂いがアメリカの部屋にまで漂ってきていたからだ。匂いの正体から、アメリカには彼がキッチンで料理をしていること、おおよそ何を作っているのかまで把握することができた。
 おそらくゆうべはやりすぎたと思っているに違いない。
 手料理で機嫌を取ろうとでもいうつもりなのだろうが、彼は勘違いしている。彼の料理はあまり美味しくない。さらに言うなら、いつまでたっても一向に上達する気配のない彼のためにアメリカがひそかにフランスに料理を習っていることも彼は知らずにいる。
 食べさせてよとねだってみようか。美味しくないものを食べさせるのだもの。それくらいの権利は主張しても許されるはずだ。
「アメリカ、起きてるか・・・?」
 遠慮がちなドアを敲く音に、アメリカは声が弾まないよう、細心の注意を払ってどうぞと声を出した。イギリスがゆっくりと扉を開けた。案の定、彼はトレーを手にしており、その皿の上には牛肉だったものが載っていた。
「ねえ、イギリス」
 彼の肩がびくりと震える。この男は、アメリカに糾弾されるのをおそれているのだ。よくもゆうべはあんなひどいことができたものだね。一体どういうつもりなんだい? 植民地相手なら何をしても許されると思っているのかい? 言いたいことは山ほどあった。なのに、彼がかさついた唇を噛むのを見ていたら、どうしようもなくばからしく思えてきた。
「お腹がすいたよ、イギリス」
「そ、そうか。たくさんあるからな!」
 彼はみるからにほっとして、ベッドサイドに腰かけた。イギリスは、アメリカがねだるまでもなく、アメリカに手ずから料理を食べさせた。
自分は間違いなくこの男を愛しているのだ。癇癪持ちの乱暴者を、自分はどうしようもなく愛しているのだと思った。でなければ、どうして今まで彼の弟でいられただろうか。
焦げた牛肉は、焦げくさくぱさついて、いつもの味だった。それが妙に嬉しくて、その日アメリカはおかわりをした。
 気づくと、彼女はもう部屋にいなかった。



 アメリカはある日を境に紅茶を飲まなくなった。
 一部の国民たちのように茶葉を投棄することこそしなかったが、アメリカは紅茶を飲まないことで静かに、しかし徹底的に本国に抗議した。彼がやってくるたびに置いていく茶葉は倉庫にしまってある。そして、紅茶の代わりにコーヒーを飲むようになった。ただし、濃いのは苦くてとても飲めやしないからうんと薄めて。
 最初は彼を恋しく思うのと同様に、紅茶が飲みたいと思った。だが、彼と離れて生活するうちに彼のいない生活に馴染んでいったように、紅茶を飲む習慣もなくなっていった。
 それは、アメリカの決意の表れでもあった。
 彼の庇護から抜け出そう。イギリスがいなくても、自分はもう十分にやっていける。
アメリカは彼が与えた屋敷を出た。右手にはライフル、左手には彼女のたおやかな手を携えて。

「ここにいたのか」
「・・・・・イギリス」
 どうしてここが。
 唇を震わせたが、理由を問いたいわけではなかった。彼の権力の届く範囲は広く、彼に従う英国人たちは大勢いる。独立を望む国民がいる半面、残りのおおよそ半数はイギリス寄りの考えを持っていた。アメリカの居所など如何ようにも調べられるだろう。
「こんな生活がしたくて、俺の屋敷を出たのか」
 イギリスは泥汚れどころか曇りひとつないブーツを鳴らして家に入ってきた。
 値踏みするような視線が嫌で、彼から目をそらす。
彼の目は、保護者のそれではない。他人の家を物色する、盗賊の目だった。押し入った先で盗賊が得るものなど何もないと判断するとき、きっとこんな顔をしているのではないか。そう思った。
「こんな安い家に住んで、粗末な服を着て、冷えた飯を食うために、俺の屋敷から出たのか。そんなに・・・・そんなに俺のことが嫌だったか」
「俺は、一人でやっていける・・・・・・・君の助けは必要ない」
 くつりと口元を歪めると彼はげらげらと笑いだした。
「そうか、そうか! 俺の助けは必要ないか!」
 げらげらげら。
 まるで狂気の沙汰だ。
 肘で花瓶を倒して初めて、自分が後ずさっていたことに気づいた。床に叩きつけられた花瓶が砕け、水がズボンを濡らした。その水の冷たさがアメリカを我に返らせた。
逃げなくては。彼から遠く、できるだけ遠くへ逃げなければ。
 震える足で駈け出そうとして、イギリスに足払いをかけられる。咄嗟に反応することができず、アメリカは床に転がった。かろうじて受け身はとったものの、不利になった相手を見逃すようなイギリスではない。
 彼は懐に手を差し入れるや、引き金を引いた。躊躇いも迷いもないその一連の動作に、彼がどれほど場数を踏んできたのかよくわかった。
 ちりと痛みが走り、頬から血が流れ落ちる。
「俺がお前を手放すと思うのか」
 銃口は依然、アメリカに向けられていた。その黒い口から出てくる鉛玉は、アメリカの息の根を止めるだろう。
「あいにく金は出なかったがな。この広大で肥沃な大地は本国にはないものだ。大規模なプランテーションは莫大な富を生み出し、貿易の拠点としても利用価値がある」
「だから、俺を育てたのかい」
「まさか、情だの愛だので俺がお前に構ってやったなんて思ってないだろうな」
 彼はせせら笑った。
 彼が無償の善意から自分を養育したとは思っていないけれど、必ずしも利権だけで自分に近づいたわけではなかったはずだ。彼が自分を見るまなざしはやさしく、彼が差し出した手はいつもあたたかかった。そのぬくもりを、覚えている。アメリカは彼がどんなに自分を愛しているか知っている。