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あさめしのり
あさめしのり
novelistID. 4367
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ハッピーエンドはいつのこと?

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 十三州が成立したばかりの若かりし頃ならともかく、すでにきらめく星は五十を数え、政治経済ともに押しも押されぬ大国になっている。そんなアメリカを女扱いする国など、この広い世界でも彼ひとりくらいのものだろう。
 彼のことが疎ましくてならなかった。未だに子ども扱いされることも、自分のもののような傲慢な視線を向けられることも、癪に障って仕方がなかった。
 こんな関係はおかしいと感じなかったわけではない。だが、アメリカはそれしか知らなかった。自分のプライドにかけて胸に宿るもやもやを押し隠すこと、そうしつつ彼からつかず離れずにいることが、革命以降のアメリカのスタンスになっていたから、彼をこばかにする、彼をこづく、彼をからかう以外のアプローチの仕方を忘れてしまった。昔はあんなに素直に彼に好意を伝えられたのに、伝えられない、伝えてはいけない状況が、アメリカから素直さを奪い取るというにはあまりにも緩慢に、だが波が岩を削るのと同じように着実に損なったのだった。
 イギリスが望む完全なものを与えなければ、自分は彼の傍にいられないのだろうか。自分なりの精一杯のそれでは、やはり彼は満足してくれないのだろうか。
 彼とうまくいかないのは、彼が自分を女にしたがっていて、自分がそれをかたくなに拒否し続けているからだ。彼を想う気持ちに嘘偽りはないが、だからといって彼の女にされるのだけはごめんだった。そう思い続ける限り、アメリカが彼のものになるのを拒み続ける限り、この関係は続くのだろうか。アメリカは絶望にも似たためいきをひとつ落とした。
 アメリカの心には諦めという名の陰りが生じ、やがて惰性で彼とのゆるやかな関係を続けられるようになった。こんなふうに時々しゃべって、ふざけあえるようになっただけでも十分すぎるほどなのかもしれない。独立後のことを思えば、今でも十分すぎるほどに彼との関係は修復されているじゃないか、これ以上いったいなにを望むっていうんだい。
 だが、そう思えるようになったとき、アメリカの意思をお構いなしに事態は急変した。
「お前を愛している」
 目の前には深紅の薔薇。それも大輪の薔薇ばかりを集めたおおきなブーケだ。白いカスミソウが花束に品を添えている。
「今まで随分遠回りをしてきたが、アメリカ、俺はわかったんだ。やっぱりお前じゃないとだめなんだ。お前がいなきゃ、お前でなきゃだめなんだ」
 薔薇のブーケをアメリカに押しつけたのは、かつての育て親であるところのイギリスだ。翠のおおきな目に世界中の光を集めたみたいな輝きでもってアメリカをみつめている。頬は彼が用意した花も恥じらうようなきれいな薔薇色に染まっていたし、声は緊張からかうわずって震えてすらいた。
「もちろん二度とお前以外と寝ないし、お前がいやならお節介だってできるだけ減らす。お前が望まないなら束縛だってしないし、昔みたいに俺のものになれなんて言わねえ」
 イギリスは気がついていた。アメリカが独立に踏み切った理由を。独立革命時にはまるで気づいていなかったのに、いつの間にか彼はアメリカが彼の元を去るに至った理由について思い至っていたのだ。自分の傲慢な態度に原因があると気づいていたのだ。
 気持ち悪い。
 その瞬間、アメリカの心を支配したのは胃のなかのものすべてをぶちまけてしまいたくなるような嘔吐感だった。酸っぱいような、胸を悪くするような胃液が喉元までせり上がってくる。そのくせ口のなかはからからで、花束を握る手が震えるのがわかった。
「君はパクス・ブリタニカの時代がなつかしいだけだろう? 大英帝国は植民地によって築かれたといっても過言じゃない。俺は過去の栄光の象徴だ。・・・・懐古主義もほどほどにしてくれよ」
 声が震えてはいなかっただろうか。ろれつは回っていただろうか。アメリカはおそろしくてならなかった。過去の栄光にすがりつくだけの老大国が、何らかの答えを見つけだしたことに、若くエネルギッシュであるはずの自分をさしおいて前へ進もうとしていることにひどいおそれを感じたのだ。
「そうじゃない! 俺は・・・・いや、確かにそうなのかもしれない。俺は昔がなつかしい」
 そら見たことか。君はいつだってそうだ。懐古主義で後ろ向きで、そこに幸福なんてないのに後ろを振り返ってばかりの君らしいよ。
 だが思いを声にする前に、イギリスは強い意志の力を宿した瞳でアメリカをみつめた。
「俺はお前がいたころがなつかしい。歳のせいかな、近頃お前と一緒にいたころのことばかりやけに思い出しちまうんだ。アメリカと初めて出会ったときのこと、アメリカに飯つくってやったときのこと、アメリカがバッファロー振り回して遊んでて驚かされたときのこと、アメリカにおもちゃの兵隊をつくってやったときのこと、アメリカに服をプレゼントしたときのこと、それから、」
 もういいよ。
 アメリカは彼の両肩を捉え押しとどめた。
「わかってる。・・・・・・わかってるよ、イギリス」
「アメリカ、」
 彼は俯いたアメリカを抱き寄せ、強く抱きしめた。
 そのせいでアメリカは花束を取り落とした。アメリカの手からすべり落ちた花束が地面と衝突して、包装のセロファンがかさりと音を立てた。地面に横たわったブーケに目をやる。きれいな包装から覗く薔薇の花びらはベロアのようで、葉や茎はみずみずしさを保っていたから、花に興味のないアメリカでもさすがに一見していいものだとわかった。
 贈り物に薔薇のブーケを選ぶあたり彼らしいと思うと同時に、その彼らしさに吐き気がした。だから彼は傲慢だというのだ。彼は自分がいいと思ったものを寄越す。昔も今もそうだ。アメリカがいいと感じるであろうものではなく、自分がいいと思いアメリカに与えたいと思ったものを与える。彼にとって大事なのはアメリカがどこに価値をおくかではなく自分の価値観なのだ。プレゼントを贈る相手ではなく自分の価値を優先するあたりに彼のもつ傲慢さがよく表れている。
 抱きしめられたアメリカがなにを考えているか、まるで気づきもしないで彼はただ抱きしめる腕の力を強くした。
 久しぶりに感じる彼の体温はやはり自分より低く、だが今まで抱き合ったどの相手よりもあたたかく感じられた。香ばしい煙草のにおいも、かすかに感じる彼の体臭も、なつかしくてやさしくて、反吐が出そうだった。そうと悟られたくなくて、アメリカは彼により強くしがみついた。
 イギリスはちいさくあいしてると呟いて、それから大粒の涙を落とした。
「お前と、恋人になりたい」
 お前を愛したい。お前に愛されたい。対等で正式なパートナーになりたい。お前のいちばんでいたい。
 イギリスは涙声に言った。
「お前がいなきゃ、俺は幸せになんてなれない」
 彼はまるで子どもに返ったかのように泣きじゃくった。そのせいでアメリカは涙をこぼすタイミングを失ってしまった。
 彼を抱きしめ、慰めながら、アメリカの頭ではひとつの命題がぐるぐる回って出口を見つけられずにいた。