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あさめしのり
あさめしのり
novelistID. 4367
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ハッピーエンドはいつのこと?

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 甘ったるい言葉も嫌いではないが、せめてどちらか一方にしてほしい。セックスする前は熱心でも、終わったらとっとと寝てしまう男は世の女性の非難の的になりがちだが、いっそそうしてほしいくらいだった。始める時にムードを盛り上げるのはまあいい。だが、終わったら眠いし、寝てしまいたいのに隣で延々いかにアメリカがかわいくてすばらしいかということをささやかれても困る。男の生理として射精したら眠たくなるのは致しかたないことなのだ。淡泊と言いたくば言え。俺がキュートでクールなのは知ってるから、ちょっともういいかげん寝かせてくれないかいというのが正直なところだった。
「これが君、造幣局だったら大変なことだよ。世界経済は破綻しちゃうぞ。いくら不景気だからって紙幣をたくさん刷ればいいってもんじゃないだろう」
「確かに紙幣は乱造しちゃまずいが、恋人同士の応酬を禁止する法はねえだろ、ん?」
 背筋に寒気が走るのがわかった。擬態語をつけるなら間違いなく「ぞわっ」だ。
 イギリスときたら、今まで好意をひた隠しにしてきたのが嘘のように(もっとも彼の場合隠しきれていなかったしそこが彼のいいところでもあったのだが)、あの告白を経て以来アメリカに対する好意をあけっぴろげにするようになった。そこまでするかというくらい彼の愛情表現は大げさだったし、でもそれが決して表面だけを取り繕ったものではなく、心の底からそう思っているのだろうということが見て取れた。だからこそ質が悪い。
 彼の目を見れば、声を聞けば、抱きしめるやさしい体温を感じれば、口づける吐息の熱さを伝えあえば、彼がどんなにアメリカを思っているかわかった。もしかしたら、彼の目は保護者だったころのそれに近いものがあったかもしれない。やさしく見守るような、年長者特有のそれだったからだ。
 だが、同時にそれだけでないこともアメリカはちゃんと理解していた。時折熱っぽい視線を感じる。ちょうどうなじのあたりであったり、組み替えた足であったり、欲を含んだ目線を感じることがあった。視線の主は考えるまでもなくイギリスだった。間違いなく、この男はアメリカに欲情している。自分より縦にも横にもでかくて、彼曰くまるでかわいげのない男に、欲情しているのだ。
 イギリスがいっそ哀れに思えた。滑稽すぎてかわいそうだ。
 もしも彼が幼かった頃の自分を愛していて、その思い出が忘れられないのならまだわからなくはない。かわいらしいアメリカの思い出と理想像だけが先走って、今のアメリカに愛を告げさせたというのならわからなくもない。ショタコン宣言されるのも正直複雑なものがあるが、理屈としてはわからなくもない。かわいくて華奢で、素直なアメリカをかわいいと思うことに何の違和感もない。だが、彼はそうではない。もちろん昔の愛くるしいアメリカのことも大事だが、彼は今現在ここに存在するところのアメリカに欲情している。細い手足もやわらかな頬もない、大人のアメリカに彼は欲情しているのだからもはや救いようがない。
「君って相当な馬鹿だよね」
「馬鹿って言うな」
 馬鹿は馬鹿だとしか言いようがないから仕方がない。彼は馬鹿だ。とんでもない、アメリカ馬鹿だ。
 こんな事を考える程度にはアメリカは眠くてたまらなかった。指先の感覚は薄くなってきているし、上の瞼と下の瞼が仲良くしたがっている。
 アメリカはシーツにもぐりこみ、半分閉じかかった瞼で彼を見やった。まだしゃべり足りないみたいな顔をしている。さすがに付き合いきれなくて、彼の首筋に顔を埋めると、アメリカはそれ以上彼がしゃべらなくなったのをいいことにどろりとした眠気に身をゆだねた。





「はあ・・・・そうですか」
 日本がおっとりと、だがほんの少しの困惑を眉根に寄せて茶飲みを置いた。
「それで、今日はどういった御用向きでしょう」
「・・・・・・彼から逃げてきたんだ」
「は?」
「イギリスから逃げてきたんだよ! エスケープ! 逃亡さ!」
 はあ、それは存じておりますが、とまたしても気の抜けた返事が返ってくる。もっとこう気の利いた反応はないのだろうか。自分で考えた瞬間、思考を打ち消した。まずないだろう。だって相手は日本だ。
「逃げちゃったんですか」
「逃げちゃったんだよ」
 おやおや、どうしましょうとこそ言わないものの、ヒーローがどうしたのでしょうと黒曜石の目が語っている。日本の表情はいつも読みとりづらいし意図を読み違えることも少なくないが、これはたぶん間違いない。
「・・・・俺の話、聞いてくれるかい」
「ええ、ええ。じじいは何でも伺いますよ。歳ですからね、伺った話もこの場限りですぐに忘れてさしあげます・・・それでイギリスさんとどうされたんです」
 アメリカはうんざりしていた。
 家に帰ると、夜の闇で真っ黒になった家に各窓のカーテンの隙間からオレンジ色の光が漏れている。不用心だからと彼が植え込みに据え付けたちいさな外灯はアメリカの足下を照らしているし、節電しろなんて言うくせに玄関灯はアメリカの帰宅時間を見計らうように点けられる。エコエコ言うならこういうところを消せばいいんじゃないのかい。アメリカは思ったが、
「イギリスぅー、外の電気さ、」
「ああ、明るいほうがいいだろうと思って」
 アメリカは喉元まであがってきていた言葉を飲み込んだ。
 別に暗いのが怖い訳じゃない。第一イギリスが居座るようになるまでずっと真っ暗だったのだ。自分一人で住んでいる家に帰ってくるのだから、それが当然のことだった。なのにイギリスは、アメリカが暗いのが苦手だからと電気を煌々と点けているのだ。さすがの彼も「こんだけ電気つけてりゃ恐がりのお前も大丈夫だろ」なんてことは言わなかった。たぶん彼なりにアメリカのプライドを傷つけまいと、気遣って言葉を選んだのだろう。
 今更そんなことを気にする間柄かい。さんざん人のことを子ども扱いして見下してきたくせに。
 まるで人並みのカップルみたいに気遣われたことがちゃんちゃらおかしくてからかってやろうかと思ったが、同時に実際そう言われたら間違いなく「怖くなんかないんだぞ」「なんだと!? いったい誰のためにしてやってると思ってるんだ」なんて具合に喧嘩になることも想像できたから、アメリカは口を噤んで、それ以来外灯のことに関していっさい口に出さないようにしている。ふたりの間で外灯のことが話題にのぼるのは、電球が切れた時くらいだろう。
 内玄関に入ると、いつも新鮮な生花が活けられているし、部屋履きは履きやすいようきちんとそろえて玄関の真ん中においてある。窮屈な革靴を脱いで部屋履きを履くと、新鮮な花の香りを打ち消す焦げ臭いにおいが漂っていて、ああ今日も失敗したんだと今晩も酷使することになるであろう消化器官を思って胃のあたりを押さえる。リビングの扉をあけると、エプロンをつけて、遅かったな、なんて笑う彼がいる。