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あさめしのり
あさめしのり
novelistID. 4367
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ハッピーエンドはいつのこと?

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 水色のシンプルなエプロンは、アメリカがプレゼントしたものだった。きちんとしているのが好きで、料理が好きなくせに、たまにこういうところが抜けている彼はアメリカの家に入り浸りはじめてしばらくはシャツをまくるだけの格好でキッチンに立って、その結果は想像の通りだ。彼は一ヶ月でシャツを二枚だめにした。アメリカはそれを見かねてマーケットでエプロンを購入した。別に彼のためではなく、アメリカに食べさせるためにした料理で彼の服をだめにするのがいやだっただけだ。要はアメリカの気持ちの問題であって、イギリスのためではない。なのにエプロンを渡すと、イギリスはふにゃっと笑って喜んだ。プレゼントのつもりではなかったから、特に上等なわけでもないし、ましてや包装紙に包んでもらっていたわけでもない。ただ、店でなんとなく手にとってなんとなく買っただけのものだ。今まで自分はそんなにイギリスに冷たかっただろうか。エプロン一枚で喜ばれるほど、つらくあたっていただろうか。予想以上に喜ばれてしまったことがかえって申し訳ないような、いたたまれない気分にさせたのだった。
 それ以来水色のエプロンは、イギリスが着ては洗濯し、また着ては洗濯を繰り返している。一枚で回していると早くだめになってしまいそうだから、そのうち洗い替えにもう一枚買ってあげるべきかもしれない。彼に限っては、一日に一枚で足りる保証はないわけだし。
 いつの間にか彼は居座っていて、いつの間にか家具が買い換えられている。おんぼろだったカーテンは透け感がきれいなレースのもになっているし、布製のポップなソファは革製の二人で寝っころがっても十分なものになっていた。クッションはふたりで買いに行ったが、手触りのいいブランケットは彼が持ち込んだものだ。
 半年もたたない内にシャンプーや台所用品に至るまで、すべてイギリスの趣味で買い揃えられていた。
 そのことに気づいたとき、アメリカはとてつもない恐怖を覚えた。
 イギリスに侵略されている。
 あまり家のことに頓着しないアメリカでも、ここまでされればさすがに気づく。イギリス好みの家具、イギリスのお気に入りのティーカップ、下手の横好きが揃えたキッチン用品。それから揃いのパジャマに歯ブラシにタオル。彼による侵略は家のなかにとどまらなかった。すでに庭には彼が植えたミニバラが蕾をつけており、アメリカが置いていたバスケットゴールの横に、まるでちぐはぐなブリティッシュガーデンもどきが完成しつつあった。いったいいつの間に。そう思うがそういえば玄関にガーデニングシューズや軍手、それからスコップが置いてあった。いったいいつから置いてあったのだろう。思い出せない。思い出せないほど前から、持ち込まれていたのだろうか。
 ここ最近、アメリカを尊重してくれるものだからうっかり騙されていた。なるべくアメリカを子ども扱いしないよう心がけたところで、彼はやはりイギリスだった。傲慢で、したたかで、自分の価値観が絶対だと思いこんでいる似非紳士だ。もしも本当にアメリカの意思を尊重しているなら花束なんて寄越さないだろう。これはアメリカをじわじわとからめとり侵略する計画だったのだ。
 恐怖がアメリカを追い立てた。
 着のみ着のまま(とはいえ仕事帰りだったのでスーツのまま)アメリカは日本に渡った。いつもならラフな格好に着替えてゲームだなんだと準備してから行くところだが、今はそれどころではない。
「にほーん! あけてくれよ、にほーん!」
「何ですか、せつろしい!」
 文字通りいちばん早い便に飛び乗り、アメリカは東京下町にある日本の家の玄関を砕破せんばかりの勢いで叩いたのだった。
「・・・それはともかくとして、話しながら障子に穴をあけないように。あとで張りなおしていただきますからね」
 日本の珍しく険のある目つきにはっとするが、時すでに遅し、障子はアメリカの指でいくつも弾痕みたいな穴がこしらえられていた。考えごとをしながら何かを指先でいじってしまうのはどうにもよくない癖だ。
「まったく子どもじゃないんですから」
 まなじりをつりあげた日本に、思わず正座する。体をめいいっぱい縮めて謝る。自分よりはるかにちいさな友人に思わず上目遣いになってしまうのを自覚したが、彼はひとつため息を落とすとそれで許してくれた。
「で?」
「で? なんだい?」
「なんだいじゃありません。それでどうしたんです」
「どうもしないさ!」
 アメリカは湯呑みに残っていた茶を一気に飲み干した。中身の茶はすこしぬるくなっていて、話し続けたせいで渇いた喉にはありがたかった。
 もしかして今の話で、いかにイギリスがばかでおそろしい人だと言うことが伝わらなかったのあろうか。日本はアメリカの友人だが、イギリスの友人でもある。もしかすると、イギリス贔屓にとらえられてしまったのかもしれない。そんなことは許されない。アメリカは自分のもてる語彙のすべてを使って、さらに言い募った。
「君はイギリスを買いかぶりすぎだよ! 彼ときたらエプロン姿だけは一人前みたいに見えるくせにいつまでたっても料理は上達しないし、金銭感覚はなってないし、しかも何度もじじむさいからやめたほうがいいよって教えてやっても垢抜けない格好をやめようとしないし、いつの間にか俺んちに入り浸って魔改造してるし、それからそれから・・・・」
 目を眇めて唇をとがらせると、日本はアメリカのつるりとした頬をひとつ撫でて、それから微笑んだ。
「ああ、あなた、イギリスさんを愛してらっしゃるんですね」
 その答えは驚くほどあっけなくアメリカのなかに落ちてきた。テトリスでそこだけぽっかり空いた空間に、ちょうどのサイズのブロックがすとんと落ちてきたみたいだった。
 日本は重ねて尋ねた。
「アメリカさん、今お幸せなんですね」
 どうやら俺は幸せらしい。
 しつこい彼のセックスも、自宅に持ち込まれた彼の私物も、彼好みに変えられつつある自宅も、焦げ臭いばかりの手料理も、それからふやけた彼の笑顔も。悪くない。そう、こんな生活も悪くないと思っている自分がいる。
 アメリカは堂々たるヒーローには未だになれていないし、イギリスは相変わらずばかで酒癖が悪くてアメリカとの距離を測りかねて離れていたと思ったら今度はやたらとくっつきたがる。まるで十代の少年みたいな恋愛しかできない。そのくせセックスだけうまくて、アメリカをうんざりさせる、ほんとうにどうしようもない人だ。決して理想とした彼との関係ではないけれど、こんな関係もありなのかもしれない。
 日本の確信を含んだ問いかけに、今度は頷くことができた。

 いつもは形式だけ引き留める日本が、今日は早くお帰りなさいとせっついた。来たばっかりなのに、とぐずるアメリカの背中を押して、
「どうせ慌てていてDSもPSPも持ってきていないんでしょう。対戦はできませんよ」
 あまりにも行動パターンを先読みされるのも問題だなあと思いながら、土間で革靴を履いていると、
「つまらないものですが、イギリスさんによかったらどうぞ」