かわいいひと
「むしろ大歓迎やんなーギル!」
「……勝手にしろ」
そう言えば、嬉しそうに、でも少し寂しそうにソイツは笑う。
一瞬だけ。
すぐに、少し困ったように笑いながらではご一緒させていただきますね。と言って俺の横に座った。
気づいたんだけど、本田ってあまりわらわねぇ。
笑うとしたら困ったように笑うくらい。
あの女装したときの満開の笑顔を見ていない。
「なぁ、本田」
「はい」
「なんであのときみたいに笑顔にならないんだ」
「あれは……女装の時の演技ですよ、女はいつでも千の仮面を持っているんです」
「お前、女じゃねぇだろ!」
と突っ込んだときにはフランシスが、お、ガラスの仮面。とか言って本田に話しかけていた。
お分かりですか! と嬉々として話す本田に日本の文化最高! と笑顔で話すフランシス。固く握手をして抱き合っていた。
なんだコイツら。
呆れながらもなんだかもやもやしたものが付きまとうから、俺はさっさと食って席から離れる事にした。
「わ、ギルさん。食べるのはやいです」
それに気付いたのか、本田は慌てて鞄から弁当箱を取り出してきた。
え、弁当箱?
「お前弁当箱あるのに食堂に来たのかよ」
「えぇ、ギルさんとお話がしたくて。私ギルさんのことよく知りませんし」
俺と話したいとかさらりと言うから面食らっていたら、それに気付くわけもなく本田は弁当箱を包んだ布を解いて弁当箱を出して中を開けた。
そこには色とりどりの食べ物が。
「わ、旨そうやん!」
「色綺麗だね」
「ありがとうございます。嬉しいです!」
「え、まさか本田が作ったのか?」
「はい」
ビックリして本田を見れば、食べます? と卵焼きを箸で摘んでいた。
へぇ、と思いながら本田の手を掴んでそのまま卵焼きを口に入れる。
……旨い。
ダシがきいててマジ旨い。
「うめぇ」
「あ、ありがとう……ございま、す」
消えそうな声で聞こえたから本田を見れば、本田は顔を真っ赤にして俯いていた。
あ。
今、俺、何した?
これって強引な、はい、あーん。な状態、か?
「わ、わりぃ!」
「い、いえ」
思わず顔が熱くなる。
慌てて手を離せば、本田は自分の手を見て、嬉しそうに笑った。
な、んだそれ。
め、めちゃくちゃ可愛いだろ、お前。
「……なぁなぁアントーニョ君」
「なんやフランシス君」
「俺たちとってもお邪魔虫だと思うんだよね」
「やねー」
「バッ、バカ! そんなんじゃねぇよ!」
俺は怒鳴るけど、二人はによによ笑いながらさっさと食べて先に行ってしまう。
残ったのは顔を赤くした俺、と本田。
う、な、なんか、きまず、い。
ちらりと本田を見れば、本田は顔を赤くしたまま俺を見ていた。
「あ、あの、ギルさん」
「な、なんだよ」
「あ、あの、えっと」
「早く言え!」
「べ、弁当! あの、お弁当を作りたいんです、ギルさんの!」
「え」
え、め、っちゃくちゃ嬉しい。
「ダメ、ですか?」
「え、いや、欲し、い」
「……良かった」
ほっとした顔で本田が笑う。
その笑顔が可愛いと思う。
おまえ、さっき困ったように笑ったことしかないって気付いたばかりだってのに、不意打ちで笑うなよ。
あぁ、もう、なんだこれ! 調子狂う。
付き合ってるのか付き合ってないのかもよくわからなければ俺は男の本田も好きになるのか本田が俺を好きなのかもさっぱりだ。
だけど、結構今の状態も悪くないかも。とか思う俺は卑怯なんだと思う。
だけど、本田の笑顔が好きだ、と思っているのは事実。
はぁ、と溜息を吐いて本田の額をデコピンする。
なにするんですか! と膨れる本田を見て笑うと、本田が顔を赤くして笑う。
なんか、いいな。と思った。
「ギル、話があるんだけど」
「なんだ奇遇だな。兄さん俺も話がある」
「え、な、なんだよ。おまえら、顔怖いぞ」
軽く笑いながら言ってるのに二人は全く笑わないとかもうなんなんだよこれ。
あはは、と笑う声がむなしく響く中、俺は二人に連れられて屋上に行った。
なんとなく分かっていた。
本田のことだろう、と。
フェリちゃんと仲がいいならルーイと仲良くてもおかしくないからな。
ギィ、と古くさい音が鳴って屋上の扉が開いて歩いていた俺たちは見合う。
最初に口を開いたのはフェリちゃんだった。
「ねぇギル、菊のことどう思ってるの?」
そんなのこっちが聞きたい。壮思っていたけれど二人の真剣な顔を見たら何も言えずにいてしまう。目だけで二人は俺を責めていた。知っているんだろう。俺の最低な悩みを。
「俺さ、菊のこと好きだって言ったよね、ちょっかい掛けたら許さないって」
「あぁ、言われた」
「でもね、菊がギルのこと好きならしょうがないって思ってたんだ。諦めたんだよ。だって俺は菊が好きだから、菊が喜んだ顔をみせてくれるならそれでいいって」
「兄さん、最近菊は浮かない顔をするばかりだ。知らないだろう、菊はやはり女の私が良かったんでしょうね。なんて言ったんだ」
無意識に出てしまったみたいで、慌ててなんでもありません。忘れてくださいって誤魔化していたけどな、と言うルーイの言葉で頭をがつんと殴られた感覚を味わう。
やっばり本田は俺の気持ちに気付いていたんだ。どうしたらいいのかわからない揺らぐ俺の気持ちに。
「ねぇ、ギル。俺はね、菊なら何でも好きなんだ。男? そんな些細な事どうでもいい。だからね、俺は今のギルが許せない」
「兄さん、俺もフェリシアーノ……いや、菊の味方だ。はっきりしてやってくれ。このままでは菊が壊れる」
「……壊れる」
「お願いだからはっきりさせてよ」
そう言って泣くフェリちゃんを見て、俺は何も答える事が出来なかった。
俺はどうしたいんだろう。
俺は本田をどう思ってるんだろう。そんなことをぐるぐる考えていた。
フェリちゃんとルーイがいなくなってからも足が動くことなかった。
重くなった心のまま上を見る。
空はとても澄んでいて俺の悩みなんてとってもちっぽけに感じる。
女……というか女装姿の本田に惚れたのは事実だ。未だにそのときの本田を思い出すだけで胸がなるのがわかる。好きだと思っている。じゃあ、本当の本田はどうだ? いくら顔が中性的だと言ってもどう考えても男でしかない本田菊。大体困ったように笑う本田。でも笑えば可愛いと思った。弁当を作りますといったとき本当に嬉しいと思った。可愛いと本気で思った。
ただ、これは恋か、それがわからない。というよりも踏み出せないんだと思う。男ということだけで俺は一歩踏み出せてない。
あれだけかわいいなぁなんて可愛がっていたフェリちゃんは男だからなんだって言うんだ、とどうでもいいと言って本田を好きだと言った。俺よりも断然かっこいいと思った。羨ましいと思った。そして踏み出せない俺が本当にかっこ悪いと思った。
「……あぁ、本当に最低だ、俺」
もう答えなんて軽く出ているのに。
うっかり泣きそうになってとめる。俺は泣いてはいけない。そんな資格はなかった。
「……本田、いるだろ」
上を向いたままそう言って、ゆっくり顔を下ろせば、裏から気まずそうな顔をして本田が現れる。