lullaby.
あの日々がひどくなつかしい。
もう帰って来ない日のことばかりを考える。
今だから、こんなにも穏やかな気持ちなのだろうか。
脳裏に焼きついた景色はもう、
瞼を閉じなくては再生されることもない。
どうしてこんなにも、こんなにも。
散々、逆のことを言っていたのに、
いまさら、会いたいなどと言うのは。
わがままなのだろうか。
プログラムを起動します――
“NO TITLE”
後ろから光を感じる。
振り返るといつも通りの笑顔がそこにはある。
「お疲れ様、今日もよく働いてくれたね」
俺は生まれてからマスターしか知らない。
だから合っているかはわからないけれど、あなたの笑顔はやさしい。
向けられると、とても安心する。暖かくなる。
これがしあわせというものなのか、よくわからないけれど。
「全然、大したことない」
「頼もしいなぁ」
まだ自分のこともよくわからない。
とりあえずウィルスっていう悪い奴を倒すのが仕事。
今のところマスターに頼まれたのはそれだけ。
一緒に言葉もちょっとずつ覚えながら、頑張っている。
「そういえばさっき、鼻歌歌っていたでしょう」
「マスターのパソコンから時々、きこえる」
「呑み込みが早いなぁ、ねぇなんか、歌ってみてよ」
少しだけ戸惑った。
だって俺は戦うために生まれてきたのに、いいのかな。
でもマスターが頬杖をついて待っているみたいなので、
ちょっと恥ずかしいけど歌ってみた。
「あはは、コブシきいてるよ、演歌みたいだ。着物のせいだったりして?」
マスターが笑ってくれた。嬉しかった。
歌もうまくなったら喜んでくれるのかな。
あまり上手ではないけど、歌も頑張ろうかな。
「そういえば名前、つけてなかったね」
マスターの指がこつん、とモニターを小突く。
別に痛くはなかったけど、少し驚いた。
俺はまじまじとその指を眺めている。
右に行けば右を見て、左を行けば左に行く。
するとマスターが円を描くものだから、
俺はちょっと目が回った。
「演歌かぁ、出来れば冬っぽのかいいなぁ・・・。あぁ、じゃあ津軽だ」
「つがる?」
「そう、津軽海峡冬景色の津軽。よろしくね、つがる」
トントン、と二回モニターを突く。
俺も応えようとめいっぱい腕を伸ばす。
マスターはそんな俺を見てくすくす笑っている。
マスターが笑うと嬉しい。だから俺も笑った。
でも少し気になったから聞いてみてしまった。
「マスター、冬ってなに?」
聞いた後にしまった、と思った。
俺はこんな顔のマスターを見たことがなかったから。
「冬は、君が生まれた季節だよ」
ぎゅ、って。胸が痛くなる。そんな笑顔だった。
思わず着物の裾を掴む。とても悪いことをした気分だった。
その内にマスターは仕事に戻って行った。
ひとりぽつんと残されて、冬について考えていた。
俺は冬のことは知らないけど、夏は知っているんだ。
いちばん暑い季節だ。太陽がきらきらしているんでしょ?
そして今が夏だってことも、しっている。
俺が生まれたのはほんの、最近のこと。
ねぇマスター、冬に、生まれたのはだあれ?