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21:35(TOA/ガイジェ)

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そしてゴリゴリと音を立てながら豆を挽き、ゆっくりと温まっていく水の下にセットされている豆を入れるフィルター部分に挽き終わった豆を突っ込む。
その更に下にガラスポットをセットして…とりあえずこれで準備は終わった、と一息ついた。
すると、まだ同じ体勢のまま、動く兆しの見えないジェイドが、顔を少し横にして眺めているのが目に入って―――そして、それとばっちり目が合ってしまう。

「…あと」

「……なんだよ」

「ミルが置いてあった棚のすぐ下にある引き出しを」

「開けて、あるもの出せばいいのか?」

指示を聞く前に、俺は半ば自棄気味に引き出しを開けた。

「――――――」

開けてすぐに目に入ったのは、いわゆる角砂糖だった。
おそらくはコーヒーに入れるつもりなのだろう――――それはすぐに納得がいったのだが、そのストックの量に絶句した。
一袋ならわかるんだが…その三倍以上の数が、その棚の中にはしまわれている。

(まぁ…多分、買いだめしてるんだろ、う)

勝手にそう判断することにして、俺は何事もなかったかのようにストックされている袋入りのものは無視して、瓶詰めされている角砂糖を取り出して、机の上に置く。
茶の準備なら、ファブレ家の屋敷でも幾度となくこなしてきた。
ただのそうした雑務だと認識して、旦那の頼まれ事だなんて事は頭から排除して、俺はとりあえずコーヒーがある程度抽出されたのを確認すると、ミルの傍においてあったカップに注いでやった。
我ながら、鮮やかな手並みだ。
…と、誰も褒めてくれる人がいないからと自賛してみたが、むなしかったのですぐに止めた。

「……」

ジェイドは、目の前に置かれたコーヒーをしばらく見ていた。
何か気に入らない事でもあったのだろうか。
…と思えば。

「生クリームを用意してください」

「…………は?」

ミルクじゃなくてか?という疑問がもたげたが、ジェイドの旦那の真剣な表情に、その言葉は喉から出る寸前で、留まった。
そういえば…ミルクを用意していなかったな、と準備し終えてから思ったが、すぐに「旦那は使わないかもしれないな」と思って、用意しなかったんだった。
コーヒーに入れるミルクがない。
それは分かるんだが……、なぜ生クリーム…
しかし悲しいかな、俺は疑問に思いつつも体が先に反射的に指示に従ってしまって、そうしたものがありそうな場所を探っていた。
と、すぐに白い陶器の小瓶に入った生クリームらしきものを発見し、すぐに俺はそれを角砂糖の横へと置いてやった。
すると、旦那はむくりと起き上がり、まず砂糖を五つほど入れる。
それからかちゃかちゃとスプーンをかき回し、それが十分溶けたか否かというタイミングで、生クリームをたっぷりと中へと流し込んだ。
その所作は異様に手早い―――――というか焦っている風にも見えて、俺はどう反応していいか分からず、ただその様子を眺めることしかできない。
そして出来上がった、もはやコーヒーとは香りばかりとなった液体を…旦那は一口すすり、その後二口、三口と矢次早に飲んだかと思うと、カップを置いてひとつ息をついた。

「………だ、旦那?」

ようやくまともに顔を上げたジェイドに、俺は恐る恐る声をかけてみる。
すると、いつもの…とまでは言いがたいが、先ほどよりもましな表情の旦那が、に、と不敵に笑ってみせた。

「いやぁ、見苦しい所をお見せしてしまいました」

「見苦しい…って、アンタ、さっきまで」

「嫌ですねぇ、私が体調不良で倒れるとでも? …そんな事、この三十五年、一度としてありませんよ」

すっかりいつもの調子なジェイドにごまかされそうになったが、しかしその顔色はあまり優れない。
それをすぐに見抜いた俺は、渋い顔を作ってみせた。

「だが、実際調子悪そうだったじゃないか。大丈夫なのか?」

俺の言葉に、ジェイドは一瞬虚を突かれたかのような、呆けた顔をした。
何を言われたのか分からなかったのだろう。
だがすぐに思い当たったのか、また笑うと、

「これは…ただの頭痛です」

「頭痛って、どこか悪いんじゃないのか!?」

「ですから、ただのカフェイン不足ですよ」

カフェイン…?
聞きなれない言葉に、俺は鸚鵡返しに尋ね返した。
すると、今度は俺の言動が面白かったのかおかしかったのか、弾かれたようにジェイドは声に出して笑い始めてしまう。
その笑い声も、まるで計算され尽くしたかのように単調なものだったけれど、笑うことそれ自体が珍しくて、俺は自分が笑われている事も忘れて、思わずじっと見てしまった。

「―――――若い、そして仕事に追われてコーヒーなどのお世話になる事のない貴方には、馴染みのない言葉でしょうね」

「……コーヒーに、そのカフェインってのが入っているのか?」

「ええ、そうです。紅茶などにも含まれてはいますが―――私はコーヒーの方を好んでいます。これらに含まれているカフェインという成分は覚醒作用があるので、仕事中には頻繁に飲むんですよ」

コーヒーを飲むと眠れない―――という話はよく聞いたことがあった。
だがそれがカフェインなんていう成分によるものだとまでは知らなくて、俺は目を丸くした。

「ですが、仕事が詰まっているとはいえ、マグカップに五杯も十杯も飲むのは体には良くない――――と陛下と言い合いになりまして。ならば飲まずにやってみましょう、という事になったのです。その結果が、これですよ」

苦笑して、ジェイドはこれ、とコーヒーの入ったカップをあげて見せた。
結局、耐え切れずに眠りかけていた……という事なのだろうか?
しかし、あの様子は、どう見たって決して眠そうには見えなかったが――――?

「カフェイン中毒で、頭痛が起きました。私も飲み始めてからコーヒー断ちをしたのは初めての事でしたので……まさかここまでひどいものだとは思いもしませんでしたが」

言いながら肩をすくめるあたり、真実なのだろう。
言葉の調子からはそうした雰囲気が感じられて、俺はなんて反応したらいいのか分からなくなる。

「それにしても……完膚なきまでに、負けましたね」

旦那にしては珍しく、ひどく悔しそうな声音で告げるが―――俺からすればたまったものじゃない。
なんていうか、心臓に悪い。
それに、見張りというか……フリングス少将に始まり、第三師団所属の兵士、俺ですら心配させてくれやがって。
事の始まりは健康の為(?)という名目の陛下とのやりとりだったとはいえ――――俺からすれば、しれっとそう言われる事それ自体が気に入らない。

「あのなぁ、旦那!」

気がつけば、俺は声をあげていた。
一体、このおっさんはどれだけ人に心配をかければ分かるのだろう。
というか、今回心配かけさせたって事を分かっているのかいないのか。
少将の口ぶりから推察するに、コーヒーのことがなくても、普段からこうして密かに皆から心配されるような仕事ぶりを見せていたのだろう。
それを今回体感させられたことで、俺も頭に血が昇っちまっていた。

「あんた、今回の騒ぎでどれだけ心配かけさせたと――――」

「そうでしょうね。」

「!ならッ」

「しかし、全部陛下の手の上で踊らされたような感じで、非常に私自身、不愉快です」
作品名:21:35(TOA/ガイジェ) 作家名:日高夏