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C78新刊サンプル(ほとんど無害!(下))

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「自分の、自分の目的があって相手を洗脳したっていうんなら、それはただの結果だ。《宝》を返却したお礼? おれは遺跡の調査をすすめるために守護者を倒した、ただそれだけで、あいつらの心
理的外傷なんか知ったこっちゃない。名前も、顔も、生い立ちも、言葉すらほとんど交わしちゃいない。そんなヤツのためになんか動くもんか。何が大切なものを取り返してくれただ。何もしてない、何もしてなんかいない!」
 皆守は、すでにない真里野の姿をもとめるかのように、葉佩の部屋の扉を見た。そして、肩をすくめる。
「ヤツに関しては、取り返す以外にも多少の役にはたってるんじゃあないか?」
「ヒトラーの時代にユダヤ人をかばってやった男が、「私たちを匿ってくれたことを神に感謝します」と言った家族の手紙にこういったそうだ。「神様じゃなくおれに感謝しろ」とな。ヤツの感謝はそれと同じだ。感謝する感謝するって、おれのしたことなんか見ちゃいないじゃないか。忘れたか? ヤツはおれの戦い方を認めてなんかいなかった。これから先も、きっと認めることはないだろう。正々堂々なんて、犬にでも食わせろ。死んだら名誉も知識も金も何一つ手にはいらない。だからおれは、障害に対しては万全の体制で臨む。後ろから、なるべくなら寝てるときに、できるかぎり大きな戦力差をつけて確実をめざすんだ。そんなのが、武道家だ何だってしちめんどくさい連中と相容れるはずがない。ああ、わかってる。おれだって、なかよくする気はない。それがどうだ。あの古ぼけた手紙を返した瞬間、ヤツはてのひらをかえしやがったんだぞ?」
 皆守の言葉に葉佩は顔をあげた。そして、あざ笑った。さらに最後に畜生と呟くと、頭を抱える。
「……すべておれのおかげ。おれが大切なものを取り戻し、真実に気づかせてくれた。次はこうか? おれを拝めばしあわせになれる、と。人聞きが悪いにもほどがある。日本人の高校生だろう? 世界一の平和ボケもここまで性善説にきわまったのか? なんて気持ち悪いんだ」
 ジッポを扱う穏やかな音があった。続いて、清涼な甘い香りが漂う。皆守が、アロマパイプに新しいアロマをつめ、火をつけたためだった。
 皆守は、ゆっくりとラベンダーのアロマをすいこんだ。
「やめるのか?」
 静かな問いに、葉佩は顔をあげた。意外なことを尋ねられたという表情だった。まさかと口にしさえした。
「気に入らないんだろう? 感謝されるのが。わざわざ手を出さなけりゃ、オマエに感謝なんかしないさ。やつらも、ちょっとばかりいびつかもしれないが、それなりに平和にやっていく。今までも、これからも」
 皆守の口元が歪んだ。どこか遠くを見る表情だった。
「……おれは、あいつらを救うためにここにきたわけじゃない」
 そう言って、葉佩はぎゅっと唇を引き結ぶ。そのさまにフンと鼻を鳴らし、皆守は肩をすくめた。そして、まるで葉佩に何の興味もないかのような表情でアロマを吸いつづける。
「こーちゃん」
 秒針が一周するほどの時間をおいて、葉佩は皆守に呼びかけた。何だ、と。先ほどよりも幾分か優しい声が応えた。
「吸わせて」
 それ、と。葉佩は皆守の持つ金属性のパイプを指差して言った。皆守は唇からパイプをひきはがし、見下ろした。そして再度、葉佩を見る。
「どうやって吸うの? タバコと同じ?」
 皆守の応えを聞かず、葉佩は皆守のパイプに手を伸ばす。反射的な行動だろう。皆守はほんの少し葉佩からパイプを遠ざけた。その後、自らの行動に気づき、幾度かまばたきすると、パイプをもとの位置に戻す。そして、ああと頷くとあいた手でがりがりと頭をかきまわした。そう言えば試させてやると言ったかと、自らのパイプを見る。
「煙を肺にいれるわけじゃない。香りを楽しむだけだ。パイプはそう、火の大きさ――つまりは香りの強さを調節しているだけで……と、まぁ別に難しいことはないんだが」
 そう言って、見本とばかりにアロマパイプをくわえてみせた。皆守の呼吸にこたえ、パイプの先端の明るさが増す。ラベンダーの香りが揺れた。
「てことは、こーちゃんが気合入れて火を強くしてくれれば別にそれくわえなくてもいんじゃん」
 そう言って、葉佩はぐっと猿臂を伸ばした。そして、紫煙が揺れるアロマパイプに顔を近づけ、目を細める。大きく息を吸ったのだろう。煙の向きが葉佩の方へと変化した。
「自分で吸え」
 アロマパイプから唇をはなし、皆守は低く言った。そして、その言葉のままに金属のパイプを葉佩の口につっこんでやる。葉佩はほんの一瞬、目を見開いた。その後、より目になってパイプの先端を見ながら、軽くふかす。しばし後には目を閉じ、ひなたぼっこする猫を思わせる表情になった。
「どうだ?」
 しばらくの後の皆守の問いに、葉佩は小さく笑った。
「わかんね」
「返せ」
「いいじゃん、もう少し」
 二人の攻防につられ、紫煙と香りが揺れる。面白そうにパイプに息をふきこむ葉佩に対し、もっと丁寧に吸えと皆守は眉を寄せた。
 笑いながら、葉佩は皆守にアロマパイプを返却した。
「気に入らない」
「何がだよ」
 もう二度と吸わせてやるかといきりたつ皆守に、葉佩は違う違うとてのひらをふってみせた。
「やっぱ、おかしいじゃん、連中。デカルトの信奉者って感じで、人の意思というものには、冒されざるべき神聖さがあると信じていたいのよ、おれとしては。だから、ああいうのめっちゃ気に入らない」
 葉佩からとりかえしたパイプをくわえ、皆守は首をかしげた。
「――こたえは《墓》に――」
 目を伏せ、葉佩は親指で《墓》のある方角を指す。カーテンはしまっている。それ以前に、葉佩の部屋の窓から《墓》を望むには、身を乗り出してななめむこうを見なくてはいけない。にもかかわらず、皆守は葉佩が指すものを見ようとした。
「今のところ、謎と解答はそこから提示されている。連中の様子もまた提示された謎だと考えれば、さきに進むことで新たな解が示されると考えてもいいんじゃないか? まぁ、知らないやつのために東奔西走するほどお人よしじゃあないけどさ、行きがけの駄賃にいいことができるって言うんなら――その日の夕飯が美味しく食べられるってやつだ。悪くないだろ?」
 にやりと笑う葉佩に対し、皆守は目を見開いた。そして、ほんの少し頬を引きつらせた。
「オマエは、あそこを暴くことを何だと思っているんだ」
 皆守は葉佩から目をそらした。そして、早口で尋ねた。葉佩は不思議そうに首をかしげる。
「いや、いい。ただの《宝捜し屋》なんだったな。あの《墓》に埋まっている《秘宝》を手にしようとやってきた」
 答えを口にしようとした葉佩を、皆守は遮った。
 口にされた答えに、葉佩は表情を明るくした。そして、その通りだと大きく頷く。皆守は、目を細めて葉佩を見、口元を歪めた。
「オマエが思うものがなかったとしたら、どうするんだ?」
「うーん、まぁそういうこともあるだろうね。ってか、《宝捜し屋》なんて、大半がそういうもんよ」
「……その時連中のことはどうするんだ?」
 幾度かまばたきをし、葉佩は首をかしげた。そして、難しいなと言って小さく唸る。