彼らと取り巻く彼らの思惑
どうしようもない血縁その一であるところのルートヴィヒの兄のギルベルトは、どうもそうは見えないとさんざんにけなされるが、医者である。しかも小児科である。診療に来た子供と本気の喧嘩をしてしまうような小児科医であるから保護者からの評判はすごぶる悪いが、当の子供たちには大人気である。精神年齢が同じなのでしょう、とはギルベルトの昔なじみの言葉である。その言葉は残念ながら的を射ていた。当の本人がどれだけ否定したところで覆しようのない真実であった。
「頭ええし顔もええのに残念なギルベルトのこと、俺好きやで」
にっこにっこ。全く邪気のない笑顔でそんなことを宣った悪友に、おう! とイイ笑顔で答えたギルベルトには含むところなど全くない。そして相対するアントーニョにも含むところは一切ない。アントーニョは腹蔵なく思ったことを口にしているだけだし、その言葉を受けたギルベルトも褒め言葉と受け取っている。アントーニョも確かに貶す意図は意識的には一切していないのだろうから正しいとも言えるのだろうが。
しっかも面白い奴らだよなあ、といつもながらに美味いカフェ・オ・レを一口啜りながらフランシスは思う。いつものことであるが、この悪友たちとつるむのは、楽しい。軽い付き合いの友人たちを多く作るのは好きだが然程深い付き合いを好まないフランシスが、唯一といってもいいほど深く長く付き合っている友人たちである。面白くなければ続いているはずはないのだから、こんな感慨は今更なのだが、最近はとみにそんなことを考えてしまうことが増えた気がする。
夕方のカフェには仕事帰りとみられる女性客が数組。チラチラと視線を感じたのでちらりと振り返って手を振ると少し吃驚したような顔をした二人連れは、すぐに笑顔になって手を振り返してくれた。それねオニーサンの美貌がなせる技よね、と思いつつ視線を戻せば、じとっとした二組の視線にぶつかる。
「フランシス、何客たぶらかそうとしてんだよお前」
「せやでー、お客さんに手ぇだしたら面倒なことにしかならんで」
「誑かすとか何よ、別にそんなことしてませんー。つか待てアントーニョ、お前厄介なことになったことあるの!? お前が?」
このド鈍感野郎が? と驚愕したフランシスに、アントーニョは無邪気に否定した。
「俺とちゃうでー。俺そないなことせーへんもん。ロディや、ロディ」
「あん? あの坊ちゃんがそんなことしてたのかよ?」
「せやでー。ピアノ弾いとったら変なおっさんに絡まれて、気づいたらお持ち帰りされとったらしいで。それから毎日来て邪魔やって言うたら逆ギレされて刃傷沙汰やって、こわいわー」
「怖いとかそういう問題なのか? それって」
まああのお貴族さまならそんな感想を持ちそうだけれど。あとさりげにいますごい爆弾発言してね? お持ち帰りのところおにーさんに詳しく教えてほしいな、いやでも顔だけはほんといいよね、いかにもそんな災難にあいそうだわ、などと思いつつフランシスはちらりと横目でギルベルトを見やる。と、思ったとおりに少しばかり面白くなさそな顔でふん、と鼻を鳴らしてジョッキビールをがぶがぶと飲み込んでいた。
「お前ね、まだ一応お日様でてるんだからビールガブのみはやめときなさいよ」
一応止めつつも、まあ酒をかっくらいたい気持ちもわかるわな、とフランシスはギルベルトを同情的な視線で見る。ギルベルトは、ローデリヒのことが好きなのである。対するアントーニョはかつてのローデリヒの恋人である。内心忸怩たるものがあるのであろう。それと自分では一切気づいていないらしいが。
アントーニョはといえば、またしても何を考えているのかよく分からない顔でケーキを頬張っていた。これうまいわー、ロヴィーノのお土産にしてもええ? などと言い出す。空気など全く読まない男である。
「ああ、どうせそう言うと思って詰めといたから。まだ店に出せる段階じゃないしなー、お前は絶対気に入ると思ったけど。しっかし俺もどうしてトマトケーキなんて作っちゃったかなー、絶対お前に毒されてるわ」
「えー、トマト美味しいやん」
「まあ、それは確かだけどな」
否定はしないけど、お前のそれは行き過ぎてる。言外に匂わせる程度では通じないのはとっくに知っているし、それについては結構どうでもいいフランシスははいはい、と頷いておく。
「ギルベルトも食わへん? 美味いで。あ、でもロディのザッハトルテも美味いからなあ……あんま食うと食えへんなるかもしれへんしやめとく?」
「あん? あの坊ちゃんがザッハトルテ、って待て、うちでかっ!?」
ビールをかっくらっていたギルベルトが血相を変えて立ち上がる。
「せやでー。今日フランシスんとこでケーキ食うってメールしたら、私は今ザッハトルテを作っています、とか写メきてん。あ、みる?」
無邪気な笑顔でアントーニョが差し出したメールの画面には確かにギルベルトの家のキッチンが写っていた。何故か端に炎がみえる。フランシスは頭を抱えた。ギルベルトは顔を真っ青にして鞄を手に取った。
「帰るっ。ルートヴィヒに殺されるっ」
叫んでギルベルトは猛ダッシュ、机と壁に二回ほど激突しながらもスピードを緩めることなく出口へ駆けて、あっという間に背中も見えなくなってしまった。
「なんや、そんなにザッハトルテが食べたかったんかなぁ?」
「いや、それ以上に違う心配があるだろうよ、お前も知ってんだろ?」
「ああ、爆発?」
あははは、とアントーニョは笑った。
「そんくらい、またやったなー位やないと、ロディと一緒になんていられへんよ」
その口調がいやに冷めたものだったから、フランシスは思わずアントーニョを横目で見た。かつてローデリヒと付き合っていた男。今はローデリヒの従兄弟と一緒に暮らしている男。ローデリヒに片思いをするギルベルトの悪友である男。
「なぁアントーニョ、お前ら、なんでわかれたの?」
あまりに唐突すぎて意味がわからなかった。同棲していた二人はある日突然別れ、ローデリヒは親戚であるギルベルトのところへ転がり込み、アントーニョはローデリヒが可愛がっていた双子の従兄弟の片割れと暮らし始めた。アントーニョがロヴィーノに乗り換えたのであれば話は簡単なのだが、アントーニョはロヴィーノを猫可愛がりしてはいるものの、色恋相手としてみているようではないし、ローデリヒとは今でも頻繁に連絡を取っているし、時には二人で遊びにいくこともあるようで、関係は良好も良好である。
アントーニョは、笑った。いつもの腹蔵のない笑みであった。
「なんでやろうなあ、わからへんねん」
作品名:彼らと取り巻く彼らの思惑 作家名:はな