彼らと取り巻く彼らの思惑
つーか意味わっかんねーよ! なんであの坊ちゃんはケーキ一個つくるだけでキッチンがこんなんなんだよ、ふっつーならねーだろうが。いや、あの眉毛はまあ別か。一応坊ちゃんは美味いもん出来るからまだましなのか。いやだけどなんでキッチンが爆発すんのに美味いもんが出来上がるんだ? ふつうちがくね? そーゆー意味ではあの眉毛は正しいのかもしれねーな。いやでも不味いよりは美味いほうがいいのか? もうなんかわかんなくなってきた!
混乱に満ちたことをつらつら考えてながらもなんとか掃除を終えてダイニングに戻ると、元凶の男は優雅にウィンナーコーヒーを飲んでいる真っ最中だった。この坊ちゃんが! とギルベルトが喚きかけた瞬間、
「お疲れ様です。コーヒーが入っていますよ」
ギルベルトを振り返ったローデリヒが、些かムッとした表情でコーヒーを押し付けてきた。ローデリヒが口にしているような生クリームとザラメのたっぷり入った甘いコーヒーではなく、ギルベルト好みのシンプルな軽いコーヒーである。思わず受け取ってしまい、憤懣をぶつける場所と機会を挫かれてしまったギルベルトは、思わずダンケ、と答えてしまう。と、ローデリヒは少しほっとしたように表情を緩めた。
「座ったらどうですか、立ってコーヒーを飲むだなんて、お行儀が悪いですよ」
そうか、とギルベルトは合点した。これはローデリヒなりの謝罪か。そんなことをされれば悪い気がするはずもない。もとよりギルベルトは喉元過ぎれば熱さなどすっかりまったく忘れ去ってしまう人間である。学習能力がないとも言うが、色んなことを後に引きずらない人間でもある。ローデリヒがギルベルトの数少ない長所として数え上げたこともある。欠点と紙一重やけどな、と言ったのはアントーニョだったか。思い出して、ギルベルトは些か苦い顔になる。
「どうかしましたか? 味に不満でも?」
「いや、別にそんなんじゃねーよ。味と見た目はいーんだよな、お前の作るもんって」
過程がおかしすぎるけどな! とつけ加えて、それはまるでローデリヒ本人のようではないか、とギルベルトは思う。失礼です! とローデリヒはぷりぷり怒って、しかし怒りながらも切り分けたザッハトルテの皿をギルベルトの前に置いた。
自分勝手、とまでは言わないけれど我儘で、人が自分のために尽くすものだと信じて疑っていないような、尽くされ気質のお貴族さまだ。尽くしてやりたいだなんて全く思わない。ただ時々。そう、時々だ。ザッハトルテを口に運びながらギルベルトは思う。時々、無性に、壊してやりたくなる。どうすればいいのか分からない衝動に、ギルベルトは時々戸惑う。自尊心の塊のようなその瞳を屈辱に染めてみたいし、いつも高飛車な言葉しか吐かない唇から哀願の言葉を言わせたいと思うことがある。しかしと同時に、そんなローデリヒはローデリヒではない、とも思う。この男はいつでもお貴族さまで、お姫さまで、他者に傅かれ、甘やかされていなければいけないような気がする。そしてそんなローデリヒを想像するとき、ギルベルトの頭の中ではその横には必ず、アントーニョがいるのだ。
思うに、この男がここまで甘えた、というか甘やかされ気質なのはアントーニョの責任もかなりあるのではないかと思っている。むかし、付き合っていたころのアントーニョはまるでローデリヒの騎士か何かのように振舞っていた。アントーニョの行動はすべてローデリヒのためにあったし、ローデリヒもそれを当然のように受け止めていた。
そして、それは別れたという今でも一切変わっていない。
一体どういうことなのか。ギルベルトは不思議で仕方ない。悪友の恋人であった昔なじみの親戚。綺麗な男。まるで手が届かないと思っていたおひめさま。どうしていま、この男がここにいるのだろう。ギルベルトは不思議で不思議で仕方ない。このザッハトルテがどうやって出来上がるのかという謎以上に、目の前の男は難解だ。
「どうかしましたか?」
視線に気づいたローデリヒは不思議そうに首をかしげた。答えを聞くのは、つまらない。似合わないといわれるけれど、これでいてギルベルトの頭は悪いほうでは決してない。難問の答えは教えられるよりも自分で解いた方がずっといい。思い悩む時間もまた楽し、である。
「なんでもねーよ」
答えて、ギルベルトはコーヒーを啜った。
作品名:彼らと取り巻く彼らの思惑 作家名:はな