彼らと取り巻く彼らの思惑
「トマトケーキってそれ、美味いのかよ?」
「美味いでー、なんたってフランシスお手製やもん、美味くないはずないやん」
「あー」
にしても原材料にあまり信頼はおけない。しかし土産のケーキを嬉々として広げるアントーニョはこれがいま! たべたい! と体いっぱいで表現していたから、しかたねーけど食ってやるよ! 別に特別食いたいわけじゃねーからな! と言いながら、ロヴィーノは寝そべっていたソファから体を起こした。
「でもロヴィーノ、お前またどっこもでかけへんかったん? そんなに部屋んなかばっかたらもやしんなるでー。子供は外で遊ばんとなー」
「子供じゃねーよ!」
いつまでたっても子供扱いかよ! とロヴィーノはぷう、と頬をふくらませた。そんなロヴィーノを見てアントーニョはあはははは、と笑う。
「なんやトマトみたいやなー。トマトケーキ食うたら共食いになるかもしれんなー」
「な、なんだよそれっ! 気持ち悪いこと言ってんじゃねーよ!」
ばかばかばか! とクッションで叩いてもアントーニョは全く堪える様子もない。あはははは、いたいでー、と笑うばかりだ。もうしまいには恥ずかしくなってしまって、ロヴィーノはクッションに顔を埋めてしまう。
「なんやねん、拗ねたん? ロヴィーノー?」
あははは、と笑いながらぽんぽんと軽く背中を叩かれて、ロヴィーノは恨めしげに顔をあげた。
「ほら、さっさと起きてきぃ。フランシスのトマトケーキやでー。オレンジジュースもあるで」
「だから子供じゃねーっていってるだろ! バカヤロー!」
ロヴィーノが顔を真っ赤にして叫んだところで、アントーニョにははいはい、と流されてしまう。むう、と拗ねながらトマトケーキとオレンジジュースに釣られるように(つっても断じて釣られたわけじゃないからな! アントーニョがトマトケーキ食いたそうだったから付き合ってやっただけだからな!)テーブルにつく。
オレンジジュースがなみなみに注がれたコップとトマトケーキの皿とナイフとフォークがすぐさまにセットされ、あとは食べるだけの状況。乱暴にイタダキマス! と叫んでから適当な大きな切ったケーキを口に運ぶ。予想外の味に一瞬、ロヴィーノは固まってしまう。
トマトの甘みと風味が残りながらも、それはちゃんとしたケーキだった。野菜独特の爽やかさも残りつつ、ケーク・サレのような惣菜風ではなくきちんとしたケーキなのだ。
うまい、と思わず呟いてしまったロヴィーノに、せやろー、美味いやろー、やっぱトマトは最高やわぁ、と我が事のようにアントーニョは喜ぶ。なんでそんなに喜ぶんだよ、と思いつつも美味いものは仕方ねーし! と言い訳をしながらロヴィーノはケーキを口に運ぶ。甘くて、酸っぱい。トマトの風味。太陽をいっぱいに浴びた野菜の爽やかさ。それまそのままアントーニョみたいだ、と思って、そんな自分のポエムチックな感傷に気持ちが悪くなった。その気持ち悪さを薄めるようにぱくぱくとケーキを完食すると、にこにこと笑うアントーニョと目があった。
「やっぱり子供はいっぱい食べるのがええなあ」
こどもじゃねぇよ! と叫びたいところだったのを寸での所で耐えた。もう何回同じことをいっても無駄だ。どうせアントーニョは俺のことを子供扱いしかしないんだ、俺はもう子供じゃないっていうのに!
アントーニョはロヴィーノよりほんの五歳しか年上じゃないくせに大人ぶってロヴィーノを子供扱いする。実際子供の頃から知っている仲だから仕方ないのかもしれない。確かに五歳と十歳とか、十五歳と二十歳の差は結構大きかった。でもロヴィーノももう成人したのだ。とっくに子供扱いなんて卒業したっていいはずだ。それなのに目の前の男は決して決して、ロヴィーノを大人あつかいしようとしない。ロヴィーノはそれが腹ただしくて腹立たしくて、ムカついて仕方ないのである。
「アントーニョ」
んー? なーに? とばかりに顔を向けてきたアントーニョの頬を両手で掴む。ここは、行動で俺が子供じゃないってことを教えてやんないと駄目だ!
「んー、どないしたんー?」
不思議そうな顔をしているアントーニョと目が合う。僅かに怯む。だけど覚悟を決める。顔が真っ赤になる。だけど! 目なんてみれなくて、だけど決めたことはやり通すんだ、最後まで。覚悟をきめて。深呼吸。浅黒い肌。唇に、そっと唇で触れた。熱い肌。恥ずかしくて恥ずかしくて耐えられなくて、思わずロヴィーノはアントーニョを突き飛ばしてしまう。椅子ごとがたがたと後ろに倒れる音。ロヴィーノはそれを聞きながら顔を真っ赤にして、
「子供じゃないんだからな! これでわかっただろ!」
と叫んだ。ロヴィーノの精一杯はそれだけで、もう恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなくなって、家の二階の自室に向かって、おもいっきり駆け出した!
作品名:彼らと取り巻く彼らの思惑 作家名:はな