デュラ×ペイン
「いえ、そんな……」
「遠慮なんかすんな、俺が誘ったんだしな。何でも好きなもん食えよ」
「でも……」
「納得いかねぇなら、進級祝いだとでも思えよ」
ぽんと軽く頭に掌がのり、静雄に顔を覗きこまれて思わず頷く
そんな帝人に満足したように微笑んで、静雄は寿司を注文する。
正臣や杏里も、特に気にすることなく注文するのをみて、帝人も静雄に甘えることにした。
それぞれが注文をして、出てくるのを待っていると、門田や遊馬崎ら何時もの4人組も、ぞろぞろと店にやってきて、流れで合い席となり、かなり騒がしい食事の席になった。
美味しい寿司を堪能して、和やかな時間を過ごすなかで、帝人は不思議な気持ちになる。
(どうして彼らは、こんなにも親しげなのだろう?)
そんな疑問が浮かぶ。
たしかに静雄も門田達も、この池袋に来てから知り合った知人ではある。
彼らとはダラーズという同じカラーギャングのメンバーという繋がりもあり、帝人にとって、その動向が非常に気になるポジションにいる人たちでもある。
だが静雄とは、こんな風に街中で気軽に声をかけられて、食事に誘われるほど、親しい関係ではなかったと思う。
それをたいした抵抗もなく受け入れている正臣や杏里の態度にも、いささか疑問を抱く。
だが、そういえば正臣や杏里は、帝人に比べて池袋に住んでいた期間も長いのだし、実は帝人が思っていた以上に、彼らと親しい関係だったのかもしれない。
それに帝人とて、そうした疑問は抱くものの、さしたる抵抗感もなく、彼らと共有する時間を受け入れていた。
だから別にいいかと、場に波風をたてることもなく流される。
食事が終わると、盛り上がったテンションのまま、カラオケに雪崩れこんだ。
帝人たちの進級祝いと称しながらも、ただ単に騒ぐ口実なのではないかと思うようなハイテンションで騒ぎ、狩沢や遊馬崎はアニソンを熱唱する。
オタクコンビに比べてキャラの薄い印象のあった渡草までアイドルの聖辺ルリの歌を歌いまくるし、正臣も妙にテンションが高く熱唱する。
何時になく賑やかな雰囲気に浸りながら、妙な感慨に帝人は首を傾げる。
なんとなく以前にも、同じようなことがあった気がする。
もちろん、帝人の気のせいだと想う。
これまで、この面子でカラオケに来たことなどない。
こんなことになったのも、たまたま静雄と昼時に出会い、露西亜寿司で門田らと顔を合わせ、そして今日が帝人達の始業式があったので、進級した祝いの名目で騒ぐ理由があった。
そんないくつかの偶然が重なっただけだ。
だが過去に、何度も、こんなことがあったような気がして、帝人は自分の記憶を探るが、やはりこの面子でカラオケに来た記憶などない。
これがデジャビュというヤツだろうかと、物思いに耽っていた帝人に、静雄が話しかけてきた。
「元気か?」
「はい?え、あ、はい、元気、です」
静雄の質問に、不意をつかれた帝人は戸惑いながらも頷く。
まさか池袋最強の男とカラオケに来ることになるとは想わなかったと思いながら、その歌唱力に興味深々だったが、静雄はかなり上手かった。
男として、少々うらやましくなるくらいに低音の美声で声量もあるし、音感やリズム感も悪くないようだ。
その選曲が少々古くて、一昔、二昔前に流行ったような懐メロ系ではあったが、思わず聞き惚れてしまいそうになる。
さすが歌手としても成功している芸能人の兄だと感心しながら聴いていた。
しかし今は正臣や狩沢たちが、マイクを奪いあうような状況に見切りをつけて、戦線を離脱したのか、ノンアルコールの飲み物を静かに飲んでいる。
「そうか……学校は楽しいか?」
とつとつとした口調でかけられるのは、まるで偶に会う親戚か、不器用な父親のような質問だった。
「えーと、昨日、春休みが終わって、新学期が始まったばかりなんで、まだ楽しいかはわかりません。でも楽しくなりそうだと思っています」
親友の正臣と杏里が、今年は同じクラスにそろった。
きっと今年は、去年にも増して、楽しくなるのではないかと期待している。
この3人が、同じクラスになるなんて、運命の神様は、意外と粋なことをすると想っていた。
「そうか、よかったな」
帝人の返事に、静雄はサングラスの奥の瞳を優しく緩め、綺麗に微笑んだ。
そっと慎重な手つきで、頭を撫でられる。
その大きな掌は、きっと帝人のことなど簡単に捻り潰してしまえる。
だが不思議と恐怖は湧かない。
むしろ何処かほっと安堵するような心地よさを感じる。
「静雄さんは、どうですか?」
「俺?」
静雄の思いがけないことを聞かれたといった様子に、帝人は、これは愚問であったかと焦る。
池袋最強の看板が眉唾でない頑健さを持つ彼に、体の調子を聞くのは愚かしいことだろう。
「えっと、お仕事の方は……」
「あー……そうだな、あんま、いいとは言えねえかも、な」
「そうなんですか?」
「ああ、これまでとは、ちっとばかし、勝手が変わっちまってな。でも、やっぱ、やらなきゃいけねーことだしよ……」
少々疲れた様子で、そんなことを言う静雄に、社会人になると、やはり色々と大変なのだと思いながら帝人は頷く。
そこへ携帯の音が、いっせいに鳴り響く。
音が鳴り始めた瞬間、賑やかだった部屋に緊迫した緊張感が満ちた。
狩沢や遊馬崎の恐らくアニソンと思われるメロディーや渡草の聖辺ルリの着歌など部屋にいるほぼ全員の、それぞれの着信メロディーが混ざり合い、ある種の騒音に近い状態になる。
「すいません、私はこれで……お先に失礼します」
「あーあ、お開きかー」
「しょうがないっすよー、また今度、やりましょー」
「いいから、はやく、行くぞ!……ああ、竜ヶ峰、ここの払いは気にすんなよ」
まるで申し合わせたように、一気に解散の運びになり、騒いでいた面々が、ぞろぞろと部屋から出て行く。
杏里は真っ先に、ぺこりと丁寧に頭を下げて扉から出て行ってしまい、展開の早さについていけず、呆然と見送る帝人に、門田は、払いは気にするなと言い置いてから、遊馬崎たちを追い立てるように出て行く。
精神的にも置いていかれて戸惑う帝人の肩を、正臣が勢いよく抱く。
「みっかどー!俺も、ちょーっと用事ができちまったから、今日はこれで解散な!!送ってやれないけど、変なヤツにからまれんなよ?」
「わかったよ、てか、僕は女の子じゃないんだから……」
「ま、そうだけどな、今日は寄り道しないで帰った方がいいぜ?」
「なんで?」
「もしかしたら、雨になるかもしれないからな。制服のまま濡れたくないだろ?」
「あれ?天気予報、雨だったっけ?」
「天気予報ってよりも、俺のカン!たぶんだけどなー」
「正臣のカンか、あんまりアテになりそうにないね」
「なんだとー!失礼な!!いいから、今日のところは、家に帰りなさい」
「はいはい、わかったよ」
そんな会話を交わしながらカラオケの店から出ると、出入り口付近に静雄が立っていた。