7年後in居酒屋
……てゆうか、何それ、初耳なんですけど。え、ガチで? ガチでそんなことあったのか健二?
だって男同士とか男同士とか……、要するに男同士だろ? いやいやいや。ないないない。
いくらキングが相手とはいえ……。いや、逆か? 健二相手に正気かキング??
静かに動揺する俺を余所に、不意に先輩が店員を呼び止め、カウンターのほうを指差して言った。
「すいません、篠原ですけど、ボトル取って下さい」
先輩、ボトルキープしてんすか?!!
それはまた、別の意味でショックとか、ちょっと待って、俺、今いっぱいいっぱいだから……。
「で、何それ。あんた健二くんに何て言って断られたの」
三人分の新しいグラスにガツンガツン氷を入れながら、先輩が詰問する。
「なんかー、普通に笑顔で『無理〜』って…」
目の前になみなみ注がれる琥珀色の液体を虚ろに見つめながら、キングが力なく答える。
「それ、冗談だと思われてるんじゃないの?」
冗談って言うか先輩……いや、冗談だよな。キングが。マジで。冗談ですよね?
「何度もちゃんと確認したよ! 押し倒してみたりしてさぁ!! そしたら……最終的に、本気で『やめろ』って怒鳴られたもん……」
もん、って可愛いなキング…………てゆうかもう俺他に何も考えたくないよ何これ?
俺だけズレてんの? 驚くポイント俺だけ違うの? いっそ俺が間違ってるの?
健二さん、起きて! 起きて俺に味方して! てゆうか起きてんじゃないのお前?
目開けるタイミング失くしてるだけじゃないのか。起きろ健二!!
俺は精一杯対面の友人の無防備な旋毛を睨み付けたが、規則正しく寝息を立ててることぐらいしか確認できなかった。
「そっか、まあ、飲みなよ」
ね? と可愛く小首を傾げながら先輩がキングのグラスに再び原液を注ぐ。何故か全く手を付けていない俺のグラスにも。溢れます先輩。
一方、先輩のグラスの中身は既に何回入れ替わったが分からなくなっている。
「先輩……それ、麦茶じゃないですよね……」
何という事だろう……嘗て後輩男子たちの憧れの的だった小鹿のように可憐な美少女先輩は、いつの間にか、立派な大トラに進化を遂げていた。さようなら俺の青かった春。
そんな俺の小声も傷心も露知らず、先輩はいよいよ目が据わってきた又従弟との会話を続ける。
「ね。健二くんって、意外と聞き分けないよね」
「うん。普段すごい、いい人キャラなのに……ぶっちゃけ八方美人なだけだった」
「あー、そこ、あたしもがっかりした事あるある」
「夏希姉ちゃんの方が、よっぽど男らしいよね」
「じゃあさー、佳主馬、あたしと結婚する〜?」
「まずは付き合ってからでしょー」
誰かの口調を真似しているらしいキングが唇を尖らせて答える。懐かしそうに目を細めて、先輩が続ける。
「そう言えば昔、あたしのお嫁さんになるって言ってたの、覚えてる? あんたが3…4才ぐらいの時かな〜」
「……らしいね。それ、師匠とか直美伯母さんとか了平兄にも言ってたみたい。嫁の意味が分かってなかったんだと思う……」
「翔太兄には?」
「言ってない」
陣内家のご親戚は把握し切れてないのだが、なんとなくよく聞いたようなその名前だけキングはやけにきっぱり否定した。
「何気に選んでる〜〜」
先輩はけらけら笑って、じゃあ改めてどう? とキングに向き直った。何この流れ。
「いーよぉ、夏姉なら僕、お嫁に行っても。幸せにしてくれる?」
「ちょ、キング一回グラス置こうぜ。先輩も」
慌てて割って入ったが、渦の中が思ったよりえらいことになっていた。
「じゃ決まり! 黙ってあたしに付いて来たらいいわよ! ……あれ? じゃあ佳主馬が花嫁さんてこと? あんたウエディングドレス着るの?」
「お望みとあらば。あー、夏希姉ちゃんアレ着たらいいよ。姉ちゃんのアバターみたいなさぁ、白い着物……」
人の話聞きやしないよ、この又従姉弟たち。
「わーかったー。あたし白無垢、佳主馬ドレスね。ミニスカね」
「うん」
こくこくと見たこともないような可愛らしい仕草でキングが頷いている。
もういい、ガータベルトは俺にくれよキング……。
うん、まあ、とりあえず喉渇いたし、飲もう。飲んで食おう。
俺は表面張力が限界に来てしゃばだばになっているウィスキーではなく、すっかり氷の溶けた梅酒のグラスを一気に空けた。
それから不自然にならない程度にパーソナルスペースを確保すべく極力意識してメニューに集中していたが、店員を呼び止める為目線と右手を上げた時点で、同じテーブルに動いている人間が軒並みいなくなっていた。
え、寝てんの? 全員??
「すいません、えーと………、…烏龍茶、よっつ」
仕方なく、半端に掲げた右手の親指だけ内側に折り曲げて、オーダーする。
「ラストオーダーになります」
端末を操作しながら、にこやかに店員が言い放った。え、このタイミングで?
慌てて自分の腕時計を見ると、時間泥棒に遭ったようにいい時間を過ぎていた。
さて、どうするかな、これ……野郎だけならこのまま転がしてソッコー帰るけども。
俺は隣で突っ伏している夏希先輩をチラ見した。というか、見ようとして、目を逸らした。
立ち直れ、俺。大トラの男前とはいえ、この人は女子だ……。
携帯を開き、アドレスを呼び出す。
「夏希先輩、起きてください。タクシー呼びますから」
「んんん……ん、ごめん。佐久間くん」
割と簡単に意識を取り戻した先輩にほっとして、店外に連れ出す。
タクシーはすぐに来た。が、先輩の睡魔が勢いをぶり返してきたらしく、行き先を告げる声が既に夢の中のようだった。
あと少し、持ち堪えて下さい先輩……!
はみ出た脚を押し込んで何とか扉を閉めて貰おうと運転手にアイコンタクトを送るが、彼はしょっぱいような顔で見つめ返してきただけだった。
「意識のない方は、ちょっと…」
案の定、やんわり乗車拒否されかかっている。ですよねえ……。
「じゃ、ちょっと待ってて貰っていーすか。俺一緒に乗りますから」
俺は急いで居酒屋の中へ駆け戻った。
「健二、」
ばしばし肩を叩きながら声を掛けると、奴は口の中でふにゃふにゃと返事らしきものをしやがった。腹立つわ。
最早優しく起こしてやる義理も義務も一切無い。烏龍茶の中からまだ大きい氷を選んで、襟ぐりを拡げて背中に放り込んでやる。
「ひゃっつ??!! え、何?!」
強制的に覚醒させられた健二が素っ頓狂な悲鳴を上げる。
「会計済んでるから。お前そっち頼むな」
寝オチた成人男性を頼むと言うなら人選が逆ではあるが、さっきのをやった時、自分が咄嗟の反撃を食わない方をとったまでだ。いいな、最悪キング担いで帰れ健二。
言い捨てて、後も見ずに店を出た。
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その後暫く、主に仕事とか仕事の納期だとかがドエスな所為で平穏ではないが、俺はそれなりに平和な日常に没頭していた。
現在、24二順目。三順目もほぼ決定……パソコンと周辺機器の動作音しかしない部屋で、何飯だか分からない午前中の飯を食べるというより飲み終わった頃、一本の電話が出し抜けにその静寂を破った。