ボカロと一緒。
VOCALOIDソフトは、喋りのほうが苦手なはずだが・・・。
「あ、多分、ご主人様が、お喋りに力を入れてたからだと」
・・・そうだった。
カイトが来た初日、俺を「マスター」と呼ぶので、従姉とかぶるだろうと指摘したら、
「『ご主人様と呼べ』と言われてますから、大丈夫です」
と返された。
・・・やっぱ、そういう趣味があったのか。
「うーん・・・」
俺は、がしがしと頭をかくと、
「喋りに力入れてるって、何言わされてたんだ?」
その努力の半分も、歌に注いでくれりゃあな。
「え?えと・・・」
カイトは、首を傾げてから、いきなり、
「すごく・・・大きいです」
頬を赤らめて、言いやがった。
ドガッ!!
反射的に、カイトの脇腹に回し蹴りを入れてしまう。
「・・・・・・・・・・・・・!!!」
声もなく、うずくまるカイト。
「あ、わりぃ。今のは、ほんとにごめん。俺が悪かった」
「・・・・・・マスターが、言えって言ったのに・・・」
カイトが、涙目で訴える。
「俺じゃねーよ。お前のご主人様だろ?」
・・・何仕込んでんだ、あの馬鹿は。
「・・・・・・・・・・しくしくしくしく」
「いや、悪かったって。マジで。反省した。お詫びに、アイス買ってやるから」
「・・・本当に?」
「ほんと、ほんと。レッスン終わったら、買いに行こう、な?」
「・・・ハーゲンダッツ?」
えー?
スーパーカップじゃ駄目か?
「・・・1個だけだぞ?」
「やったー!!マスター大好きー♪」
「・・・いちいち抱きつくな」
・・・はあ。
カイトがうちに来て、もうすぐ1か月。
一応、1か月の約束なのだが、まだまだ改善の余地が多すぎる。
今、従姉の元に帰したら、全ての努力が、水の泡となりそうだ。
カイトも、それは分っているのか、最近、レッスンを終えるのを嫌がるようになった。
何時もなら、「終わったら、アイス食べましょう!!」と、騒ぐくせに。
従姉に頼まれた曲は、もう出来上がっている。
だが、カイトが、まだ、歌いこなせていない。
おしいところまでは、いってんだけどな。
「後、1か月・・・せめて、2週間あればなー」
最後のレッスンを終えて、俺は溜め息をついた。
「マスター・・・」
「んだよ。冗談だって。約束通り帰してやるから、心配すんな」
「・・・はい」
ま、カイトだって、本来の持ち主の元がいいだろう。
「後は、お前の努力次第だなー。あ、「ご主人様」には期待するなよ?音階がどれだけずれてよーが、全く気付かないから」
「・・・そうですね、はは」
カイトは、楽譜をいじりながら、
「あの、マスター」
「ん?」
「その・・・楽譜、貰って行っても、いいですか?」
「んあ?ああ、たりめーだ。それ見て、練習しろ」
「はい・・・あの、出来れば・・・原本がいいんですが・・・」
んあ?
確かに、カイトには、コピーを渡してあるが。
「別に、いいけど。書いてあることは、一緒だぞ?」
「はい。でも、あの・・・」
「まあ、いいけどさ」
俺は、カイトの楽譜と、俺の楽譜を交換する。
「ありがとうございます、マスター」
そう言って笑ったカイトの顔は、何故か寂しげだった。
翌日、カイトは従姉の元に帰って行った。
俺は学校があるので、特に見送りもしない。
何時ものように別れて、それで終わりだ。
別に、今生の別れってわけでもねーし。
「ただーいまー・・・」
玄関を開ければ、そこには1か月前と同じ静寂が。
両親は共働きだし、俺に兄弟はいない。
俺しかいないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
「・・・ふう」
あんな馬鹿でも、いなくなると寂しいんだな。
俺が、自分の部屋で着替えていると、携帯に電話が入る。
誰かと思えば、従姉からだった。
「もしもし」
『やっほー!今、大丈夫?』
「ああ。今、家。何か用?」
『うん。カイトなんだけどさー。何時頃、帰ってくるの?』
「はあ?」
朝、出て行ったのだから、とっくに着いているはずだが・・・。
『それがさー。彼氏がリンレン買っちゃってー、そっちいじるのに、手一杯なのよねー。だから、落ち着くまで、そっちでカイト預かっててくれない?』
「・・・は?」
『もー、レンきゅんに手がかかっちゃってー♪大変なのー♪』
「・・・カイトには、飽きたってことか」
・・・従姉の、悪い癖が出たな。
『飽きたってわけじゃないんだけどー。今は、レンきゅんに手一杯でー』
所詮、VOCALOIDは、ただの「道具」。飽きられれば、見捨てられる。
・・・一か月、一緒にいただけなんだけどな。
「だったら、カイト、俺にくれよ。新曲の構想が浮かんでんだ」
『へー?気に入ったんなら、譲ってあげてもいーよー。でも、タダじゃやだー』
「俺への誕生日プレゼントってことで、タダで譲ってくれ。レン用の曲も作ってやるから」
『うー・・・。まー、いっかー。大事にしてあげてねー♪」
・・・お前に言われたくねえよ。
従姉との通話を終え、俺は一階に下りた。
さて。あの馬鹿、何処をほっつき歩いてんだ。
家を出たのが、朝。俺が学校に行く時、一緒に出たのだ。
今は夕方。所持金は、帰りの電車賃に、少しおつりが出るくらい。
まさか、途中でアイス買って、電車賃がなくなった、とかいうオチじゃねーだろーな。
「全く、世話の焼ける・・・」
俺は、自分の部屋に、上着を取りに行く。
おっと、カーテン閉めておくか。
窓に近づき、ふっと下を見ると、こちらを見上げている人影と、目が合った。
・・・不審者がおる。
俺は、慌てて階段を駆け下り、表に飛び出す。
「何やってんだよっ!!お前はっ!!」
電信柱の蔭に、カイトがしょんぼりした顔で、突っ立っていた。
「ごめんなさい、マスター」
あー・・・。
「今、従姉から電話があった。お前、今まで、何処行ってたんだ?」
「あの・・・駅までは、行ったんですけど・・・」
「けど?」
「けど・・・俺・・・俺・・・」
いきなり、カイトの目から涙がこぼれ出す。
ちょっ!?
「お、おまっ!!何泣いてっ!!」
「俺・・・ひっく・・・やっぱり・・・マスターの傍に・・・えく・・・いたいです・・・うぅっ・・・俺に・・・えっく・・・う・・・歌を・・・教えてくれ・・・ひっく・・・くれたのは・・・ますたあです・・・うう」
「お前な・・・『ご主人様』は、どうすんだよ?」
「はい・・・うっく・・・でも・・・でも・・・えっく・・・俺・・・ひっく・・・うえええ」
あー・・・うぜえ。
俺は、がしがしと頭をかいて、
「とりあえず、家ん中入れ。近所迷惑だろ」
「い・・・嫌です・・・うう・・・」
べそべそと泣きながら、首を振るカイト。
は?
「何で?」
「お・・・俺・・・俺を・・・この家に・・・置いてくれるまで・・・うう・・・入りません・・・えっく・・・からねっ」
・・・バカイトめ。
俺は、はーっと溜め息をつくと、
「わーったよ・・・。従姉には、俺から話しておく」
「ほ、本当ですか!?」
まあ・・・本当のことは、言えないよな。
「ああ、だから」