二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

空を泳ぐ

INDEX|14ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 



「――で、君はフランシスに会ったのかい」

 冷めかけの紅茶に手を伸ばしつつアルフレッドが尋ねる。
 内心、もうどうでも良かった。アーサーの話にはアルフレッドの憧れるヒーローも出てこなければ、ロマンチックな展開も待ち構えていない。
 ただただ自分本位な大人達の過去などにアルフレッドは興味がなかったのだ。
 アーサーも同じく冷めた紅茶に手を伸ばす。話の途中でありながらも優美さを失わないように丁寧に紅茶を飲むアーサーに、アルフレッドの苛立ちは増した。
 カップから唇を離し、そのままの流れでアーサーは言葉を吐き出した。吐息に言葉が乗せられているかのような弱弱しい声だった。

「会う訳ないだろ」
「どうして? まさか菊ってやつが望んだ通りに事が運ぶのが嫌だったから、とかそんな理由?」
「フランシスが会いたくないと言ったんだ。なら俺は、あいつの意思を尊重する」

 酷く落ち着いた声でアーサーは言った。
 アルフレッドがあまり聞いたことのない声音だ。
 アルフレッドが聞き慣れたアーサーの声とは一線を成している。
 アルフレッドの耳によく馴染んだ声は、堅苦しくて不器用で、それでいてどうにか自分の気持ちを伝えようと必死な声だ。
 こんな冷静で冷め切った声は知らない。こんな声はアルフレッドの鼓膜を震わせたことがない。
 聞き慣れない声が続きを紡ぐ。

「あいつは自分の意思で飛空士になった。それなのに軍の意思で飛ばされ続けたのなら、恋人にしたがっていた空を他人の意思で飛ばされ続けていたのなら――そんな目に遭った後ぐらい、あいつの意思を尊重すべきだろ」
「……君は何も分かっちゃいない。そんなのただの言い訳だよ。彼は君に会いたがってる。それぐらい分かるだろう!?」

 荒れ狂う感情に任せてアルフレッドは立ち上がった。
 もしアーサーとの間にテーブルがなかったら、アルフレッドはそのままアーサーに掴み掛かっていただろう。
 実際にフランシスに会ったことのないアルフレッドですら、彼の真意に気付いたのだ。それを幼なじみであるアーサーが気付かないはずがない。
 遣り切れない苛立ちばかりがアルフレッドの中に溜まっていく。

「彼が会いたくないといったのは、自分の弱った姿を君に見られるのが嫌だったからだ。それが一体なんだって言うんだい! 会いたいなら会えばいいじゃないか! 君もフランシスもバカだよ、心底馬鹿げてる!」

 そこまで言い切って、アルフレッドはどかりとソファーに腰を下ろした。
 その拍子に足がテーブルに当たり、冷めた紅茶が少し零れた。
 アーサーはそれを紅茶以上に冷めた目で見遣った。
 まるで額縁の向こう側を見るような目だ。零れた紅茶はアーサーの世界の出来事ではないらしい。
 アーサーの話の中にアルフレッドは登場しない。アルフレッドがアーサーと出会う前の昔の話とはいえ、それが酷くもどかしかった。
 もし自分がその中にいたならば――どんなことをしてでもハッピーエンドにしてやるのに。
 会いたくないというフランシスの建前も粉々に砕くし、本人の意思を尊重すると綺麗事を言うアーサーの背中を思い切り蹴飛ばしてやる。
 そうすればきっかけは何であれ、二人は再会出来るではないか。
 アーサーとフランシスの間に立ち塞がるのは難しい問題ではない。国境もなければ死に別れた訳でもない。
 両者に巣食うのは一歩を踏み出せない臆病な心だ。
 フランシスは薬で弱った姿でアーサーに会い、深緑の瞳に幻滅されるのが恐ろしい。
 アーサーは壊れかけのフランシスに会って、かつて甘く穏やかに過ごした時間を彼に忘れられていないかと怯えている。他人になってしまうのが恐ろしいのだろう。

 アルフレッドはぎり、と奥歯を噛み締めた。
 心底腹が立つ話だった。これだから昔話は嫌いだ。
 今ここにいる自分は何も出来ないのだと思い知らされる。
 今この場ではどうしようもないのだ。
 アルフレッドは呪文のように何度も唱えた。このまま激情に身を任せていてもどうしようもない。
 過去は変えられない。今アルフレッドが変えるべきは、自身の未来に繋がるアーサーの意思だ。

「それで君は、臆病風に吹かれて俺の夢まで諦めさせようっていうのかい」
「……違う」
「何が違うのさ」

 アーサーが何を言ってもアルフレッドには全て言い訳にしか聞こえない。
 誰がどう聞いても、アーサーがアルフレッドの飛空士になりたいという夢に反対する理由は明らかだ。
 彼は一度大切な人間を失った空に再び誰かを送りたくないのだ。
 それは誰もが思い付く理由であったし、同情を抱き、納得出来るものだった。
 しかしここでアルフレッド本人がアーサーに同情する訳にはいかなかった。ここでアーサーの内情を汲んでしまえば、アルフレッドは自分の夢を諦めねばならない。
 アルフレッドの青い瞳がアーサーを睨む。深緑の瞳はついと逸らされたままで、アーサーがアルフレッドを直視することはなかった。
 まるでアルフレッドまでもがアーサーの世界の外側に置かれてしまったようだ。
 アーサーは見ていないのではない。故意に視線を逸らしているだけだ。
 だから自分はアーサーの世界の外側にいる訳ではない。無関心ではないのだ。
 そう自分に言い聞かせ、アルフレッドは奮起した。

「ねえ、答えてよ。アーサー。君がそうやって目を逸らしていたんじゃあ、進む話も進まないよ」
「答えたところでお前が夢を諦めるとは思えない」
「当たり前じゃないか。なんで話を聞いたくらいで自分の目標を変えなきゃいけないんだい」
「お前、自分の言っていることちゃんと分かってんのか?」

 心底訳が分からない、といった顔でアーサーが言う。
 アルフレッドにしてみればアーサーの方が何を言っているのか理解出来ない。

「分かってるよ、子供じゃあるまいし。話し合って互いを納得させようとしてるんだ。俺はアーサーを説得するし、それならアーサーは俺を納得させればいい。だから君が話してくれなきゃ何も始まらないよ」

 少し唇を尖らせてアルフレッドが言えば、アーサーは目を丸くした。きょとんとした顔でアルフレッドを見ている。
 アーサーは、子供だと思っていたアルフレッドがこんなことを言い出すとは思っていなかった。
 てっきり駄々を捏ねて滅茶苦茶に喚いて、アーサーが自分の意思を曲げるつもりはない姿勢を示したら、不貞腐れて部屋に篭ると思っていた。
 自分の過去を話し始めた時点で、この場に必要なのは話し合いだと分かっていたはずだ。
 いつの間に自分は冷静さを欠いていたのだろう。十は年の離れたアルフレッドに諭されるとは、これではどちらが子供か分からない。
アーサーが小さく笑った。アルフレッドはその笑みの意味が分からずに首を傾げるしかない。

「何がおかしいんだい」
「いや……俺もガキだなと思っただけだ」
「俺も、ってなんだい。この場には君以外ガキはいないよ」

 心底呆れたようにアルフレッドが返す。
 お前のそういう反応がガキなんだ、とはアーサーは言わなかった。その代わり苦笑を深くした。

「なら逆に聞くが、どうしてお前はそんなに飛空士になりたいんだ?」
作品名:空を泳ぐ 作家名:てい