空を泳ぐ
飲みたければ自分で用意すれば良いだけの話。二人分のティーカップを取り出し、アーサーは黙々と茶会の用意を進めた。
アーサーがトレイを持ってリビングに戻ると、アルフレッドの眉間の皴が幾分和らいでいた。
アーサーと同じように、彼も少し冷静になったのかもしれない。これなら先程のように怒鳴り合わずに済みそうだ。
白いカップに丁寧に紅茶を注げば、光の加減だろうか、白の器に茜色の湖面が揺れていた。
コーヒーがいい、とアルフレッドが文句を零すのはいつものことだ。アーサーは気にせずに、一方のカップをアルフレッドの方へ押し出す。
そんなに飲みたきゃ自分で用意しろ、と口にはせずに視線に乗せた。アルフレッドは気に食わなそうな顔をしながらも、渋々カップを受け取る。ある意味ここまでやって、アフタヌーンティーの準備が終わる。このやり取りは二人にとっては当たり前のことだった。
柔らかな香気を吸い込み、一口。
自覚はなかったが喉が渇いていたらしい。アーサーの喉を落ちていく紅茶は、熱の尾を引きながら喉を潤していく。
熱さとわずかな喉の痛みを感じるのは、先程まで感情のままに怒鳴っていたからだろう。
紅茶にまで自分の理性の欠如を窘められ、アーサーは一人居心地の悪さを感じた。
「────そういえばお前には話してなかったな」
カチャリとソーサーとカップが重なる音がする。
アルフレッドも自分でコーヒーを淹れるより、手短な飲み物に手を出すことにしたらしい。
茜色が注がれたカップに口を付けたまま、青色の瞳だけをアーサーに遣る。
お前には、とアーサーは言ったが、その実誰にも話したことのない話だった。
それだけ自分の中でこの話題は触れるのも嫌で、心の奥底で圧死せよと言わんばかりに押し隠してきたものだった。
「とある飛空士のお話だ。つまらない午後にはぴったりだろうな」
それはアーサーにとっては追憶と呼ぶには甘すぎた。
しかしアルフレッドにとっては、待ち望んでいたアーサーが空を厭う過去そのものだった。
091109(090504)