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空を泳ぐ

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 アーサーがフランシスの様子がおかしいことに気付くのに、それほど時間は掛からなかった。
 離れていた年月よりも一緒にいた月日の方が長い。
 なおかつアーサーにとってフランシスは幼馴染である以上に特別な存在だった。
 そんな存在の特異点を見逃せる方がどうかしている。
 成長したからこその違いというのも多々あったが、その中でも納得しがたい変化がフランシスにはあった。
 まず、フランシスは数年離れている間に味覚音痴になっていた。味覚音痴、とは違うのかもしれない。濃い味付けを好むようになった。
 もっといえば、極端過ぎるほどに濃い味にならないと「味がしない」と言い出したのだ。
 昔からアーサーは料理が下手で、フランシスは料理が上手だった。
 フランシス冗談混じりに「料理人になろうかな」と言ったとき、アーサーは普通に冗談だと気付かず「お前なら余裕だろ」と返したことがある。
 何かと素直に言葉を口にしないアーサーですら、フランシスの料理に対する称賛だけはすんなりと出てくる。彼の料理には魔法でも掛かっているのでは、と一時本気で思ったものだ。
 フランシスの料理が食べられなくなることでアーサーの味覚に何らかの変化があったとしても、フランシスの味覚が変わるということがあるだろうか。
 歳を取るにつれて、辛いものを好むようになる、逆に甘いものを苦手だと感じる、そういったことはあるだろう。
 しかしフランシスのそれは、どうにもその類のものとは思えない。
 例えるならば、麻痺という言い方がシンプルで一番しっくりくるものだった。

 見るからに味が濃そうな料理の数々に、各種調味料がそのままテーブルに鎮座している。
 フランシスが士官学校を卒業し、帰郷してからだいぶ時間が経った。本来ならば配属先が卒業と同時に発表され、卒業式後にそのまま配属先へ行かねばならない。
 だがフランシスに限らず、今期卒業のパイロットの卵達は未だ配属先を決められていないのだそうだ。怪しい雲行きの世界情勢に、上層部も見極めが難しいらしい。

「まあ、今期卒業生は一等優秀で、誰がどこに配属されても即戦力になるからな。余計悩むんだろ」

 フォークにレタスを突き刺したフランシスがどうでもよさそうに言った。
 鮮やかで新鮮な緑は、銀の槍を突き立てられ血を流しているようだった。
 うげ、とアーサーが顔を顰めるより早く、哀れな緑はフランシスの口の中へと消えていく。
 料理という料理でもないが、今日のサラダはアーサーが作ったものだ。
 包丁は危なっかしくて持たせられない、とフランシスに反対されたので野菜を手で千切って盛りつけただけだが。
 それでも一応、料理は料理だろう。
 フランシスとアーサーの味覚には差があったので、互いに合意の上であえてドレッシングはかけていない。
 以前ならばドレッシングまでフランシスが作っていたが、今テーブルの上にあるのは市販のものだ。
 アーサーの小皿に分けたサラダにはオニオンドレッシング、一方フランシスの小皿には真っ赤な液体。
 目の前の幼なじみは、苦手なりに頑張った人間の料理に対して、どばどばとタバスコを投下していた。
 滴下ではない、投下だった。その証拠に、サラダが減るに従って見えてきた小皿の底は、真っ赤なタバスコの海になっている。
 失礼だとか怒るとか、そんなことよりも先にアーサーは喉が痛くなった。
 生野菜にタバスコはねーよ、と言いたいのは山々だが、これぐらいしないと味がしない、と言われてしまえばそれまでだ。
 アーサーは極力フランシス側の皿を見ないようにして、黙々と食事を続けた。

「ごちそうさまでした」

 士官学校で友人に教わったのだという異国の挨拶で、フランシスは食事を終えた。
 アーサーは自国のやり方で食事を終える。

「なあ」
「んー?」
「その挨拶教えた奴……キク、だっけ。異国の人間なんだろ? なんでこの国の軍学校にいるんだ?」

 フランシスがどこの支部にも配属されずこうして過ごしているのは、世界情勢が不安定だからだと聞く。
 実際、報道や新聞を見ても世界中がぎすぎすした空気を醸し出しているのはアーサーでも分かった。
 肉眼では見えない海の向こう側とずっと睨み合いを続けている。
 フランシスの言うキクがどの国の人間かは知らないが、少なからずこの近隣の国の人間ではあるまい。
 国同士、それどころか同国内でも派閥争いでなかなか身動きが取れないのだ。
 世界全体がそんな空気の中、そのキクという人物はよくこんな異国の地を踏めたものだと思う。

「本人あまり自分のこと話したがらないから、俺も詳しくは知らない。菊は極東の国からやってきたってことと、その極東の国じゃ菊はかなりお偉い立場にあるらしい」
「らしい?」
「だから詳しくは知らないんだよ。ただこんなご時世に敵になるかもしれない国に留学したり、異国の、つまりこの国の言葉と自国語を話せたり──それなりの身分じゃなきゃ、そんな資金も教育も無理でしょ」

 フランシスの言い分はもっともで、アーサーも同意した。
 このご時世、社会見学と称して外国に行くだけでも厳しい検査を通らねばならないと聞く。
 自国と留学先の検査、そしてもしかしたら士官学校に入学する際にも、菊という人物は更に検査されたのかもしれない。
 アーサーはフランシスの話でしか菊を知らないが、見知らぬ異国の青年に少しばかり同情した。
 差別から、公平と言える扱いは受けていないだろう。
 それでもこの国に留まる彼に対して、いつの間にか同情より尊敬の念の方が勝っていた。

「あれ、でもその菊って奴、科が違うんだろ? お前が飛空科で、確かあっちが……」
「医学科」
「そうそう」
「菊は特別待遇生だからな。先攻は医学だけど、割とどの科の授業にも出てる。さすがに専門的な飛行機や戦車なんかの実習には参加してないけど。こっちの主戦力の情報盗まれたら堪らない、ってことで学校側が拒否してるみたいでさー。本人は受けたがってるのに可哀相な話だよ、ホント」
「へえ、勉強熱心だな」
「だろー? もう少し肩の力抜いてもいいと思うんだけどね」

 特待生扱いでもその立場に甘える事なく、進んで自ら学び取る姿勢。アーサーはますます菊に好感を持った。
 フランシスは今まで士官学校の話をあまりしなかったから、アーサーは新鮮な気分だった。
 たったこれだけの会話でフランシスとアーサーが離れていた年月を埋められるとは思っていないが、少しは距離が縮まったように感じる。
 しかし同時に、フランシスが楽しそうに菊のことを話す度に言い知れぬ痛みが胸を襲う。
 吐き出す吐息すら鋭く感じて、不快を通り越して悔しくなった。
 幼い頃には無視できた痛みが、今はこんなにも苦しい。
 今のアーサーはこの痛みの原因が何であるか、しっかりと説明することができる。
 だからといって口に出して説明しようとは思わない。説明できるようになった分、この感情の異常さもよく分かっていた。
 口にすれば最後、フランシスとアーサーの関係は壊れてしまう。
ただの幼なじみではいられない。
 フランシスに対する感情を理解したアーサーは、自分の感情だけではなく相手の考えも理解した。
作品名:空を泳ぐ 作家名:てい