空を泳ぐ
フランシスもアーサーと同じように、何等かしらの痛みを抱えている。そして同じように、アーサーにその痛みを告げようとは思っていない。
互いが変化を望んでいないのなら、痛みと共に歩もうともこの関係のままの方がずっといい。
アーサーはフランシスとの会話を楽しむ自分の他に、じっと思考し動かない自分がいることに気付いた。
その自分が少しばかり表に出てきた。フランシスの言葉に気の利いた言葉は返せそうにない。
そこで一旦会話が途切れた。
フランシスの方も話題に区切りがついたのか、自然に口を閉じた。
するとフランシスは傍らに置いた薬瓶を引き寄せる。錠剤を何錠か取り出すと、グラスに入った水でごくりと飲み込んだ。
これもフランシスが士官学校から帰ってきて、食事毎にやっていることだった。
以前の彼は薬など必要としないほど健康そのものだった。
薬、というとアーサーはいいイメージをあまり持たない。
一般的に言っても、常時薬を服用している人間にプラスのイメージは抱かないだろう。
「なあ」
「んー?」
薬を飲んだ後も水を二三口飲んだフランシスが気の抜けた返事をする。
アーサーは怪訝そうな顔を隠せない。
「ずっとそれ飲んでるけど、何なんだその薬。お前どっか悪いのか?」
「あー、うん」
何ともはっきりとしない返事。
もしかしたら彼の味覚障害を改善する薬なのかもしれない。
しかしそれならば食前に飲んだ方が自然なはずだ。
フランシスは薬瓶を手に取って眺めた。アーサーもじっと白い錠剤を見る。
「サプリメントみたいなもんだって。ずっと空飛んでると、やっぱり人間どこかしら変調きたすらしいから」
「らしい、って……ろくな説明もされてないのか?」
「されたけど難しいから聞き流した」
あっけらかんと言うフランシスに、アーサーは脱力するしかない。
軍からの支給品だと言うが、そんな信用のないものをよく口にできると思う。
アーサーが怪訝そうな顔をしていると、フランシスはどう読み取ったのかふにゃりと笑った。
「だーいじょうぶ、お兄さん小さい頃からアーサーの料理で鍛えられて胃袋丈夫だから」
アーサーは怪訝そうな顔から一転、特徴的な眉をぎゅうと吊り上げた。
新緑の瞳は力強くフランシスを睨み付ける。
「人がせっかく心配してやってるのに……この髭野郎っ!」
ガンッとテーブルの下でフランシスの脚を蹴り付けたが、アーサーの気持ちは晴れることがなかった。
青い瞳が優しげにアーサーを見た瞬間、少しだけ胸の痛みが和らいだような気がした。
091109(090510)