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空を泳ぐ

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 溜息ひとつ。
 それで話は一区切りついた。
 過去を回想することほど虚しいことはなく、同時に腹が立つこともなかった。
 虚しいからこそ余計腹が立つのかもしれない。何もないからこそ代わりとなるものが肥大する。例えそれが虚しさに拍車を掛けようとも、理性と感情は仲良く手を取り合い平和的な道を歩もうとはしない。
 珍しくアーサーの話を黙って聞いていたアルフレッドは、アーサーが一息ついても肩の力を抜こうとはしなかった。
 強張った表情のまま鋭い眼差しで、向かいに座るアーサーを見ている。

「……結局君は、俺の夢に反対する理由を何一つ話しちゃいない」

 重く低い声でアルフレッドは言った。
 アーサーを責める声も瞳も子供のものではない。
 昔話に過ぎない幼なじみのことを聞かせても、アルフレッドは何一つ納得しない。そんなことはアーサーも分かっていた。
 こんなまどろっこしい話し方にしたのにはアーサーなりの理由があった。
 核心に触れない話をすれば、アルフレッドが無理矢理問い詰めてくると思った。
 ただの幸せな日々では話の収まりが悪い。
 どんな昔話にも終わりがある。それが幸せで綺麗な終わり方であれ、醜くどうしようもない報われない終わり方であれ、それがこの世の決まりのようなものだ。

 この話は、どうしようもなく虚しくて救いようのないほど馬鹿な話だ。

 それこそ自嘲混じりに笑い話にするしかないほど。
 自分からは、言い出せなかった。
 終わりを自分で言いたくなかった。
 だからアーサーはアルフレッドが早くこちらを責め立ててくれやしないかと願っている。そうしなければ、この話はいつまでも終わらない。
 フランシスとの昔話は、アーサーの中で甘く苦い焦げ付きとして蔓延ったままだ。
 じとりとこちらを見つめる深緑に、アルフレッドは何も思わなかった訳ではない。それどころかアーサーの真意をしっかりと捉えていた。
 それでもアルフレッドは口を開くのを躊躇ってしまう。
 アーサーの思惑通りに事を運ぶのは腹が立つ。
 しかし話の本筋が全く見えてこない、アーサーが自分に反対する理由に繋がるものが何一つ見えてこないこの状況にも苛立ちしか感じない。
 薄く唇を開いては閉じ、浅く息を吐き出す。強張った表情が溶けることはない。
 アルフレッドは自分の身体が意識の制御下を離れていると自覚した。
 その時苛立ちが溢れ出した。この状況に堪えられなくなったアルフレッドは、不本意ながらアーサーの策に乗ってやることにした。

「それでそのフランシスって奴はどうなったんだい」

 アーサーの幼なじみ。
 アルフレッドと同じく飛空士を目指した男。
 料理が上手くて、なんだかんだいいつつもアーサーを大切にしていたらしい男。
 そしアーサーが世界一の馬鹿だと呼ぶ、その男。
 思えばその名は幼い頃からアルフレッドが何度か耳にしたことのある名だった。
 懐古主義の気があるアーサーだというのに、自分自身の過去についてはあまり語りたがらない。
 彼が語る過去は世間一般の時の流れであって、その中にアーサー自身が含まれることはほとんどなかった。
 その中でフランシスという名は例外中の例外だ。
 アーサーが自分の過去を語るときには必ずといっていいほどに出てくる名前だった。
 だからアルフレッドにとって、フランシスとはアーサーの過去の代名詞でもある。
 中途半端に名前だけ知っている一人の男の終わりがすぐそこにある。そう思うと、何故かアルフレッドの中の苛立ちは僅かばかり静まった。
 自分の知らないアーサーを知っている、顔も知らないフランシスを心のどこかで羨んでいたのだろうか。
 その男の結末を聞いたところでアルフレッドはアーサーの過去全てを聞いたことにはならないし、フランシスがアーサーを過去に縛り付けているように自分がその立場を取って代われる訳でもない。
 しかしそれでも、自分の大切な人のことを自分以上に知っている誰かがいるというのは中々に不愉快だった。
 アーサーにとってアルフレッドは一番大切な存在である。
 アルフレッド本人もそのことを知っているからこそ、アーサーに対して強く出ることができた。
 アーサーは自分が誰かを甘やかしていると他人に知られることを良しとしない。ところが本人は隠しているつもりでも、実際はアルフレッド本人どころか周囲の人間全員に知れ渡っている。
 アーサーは隠し事が不得手な人間ではないはずなのだが、こういった面ではひたすら不器用だ。
 そういったところがアルフレッドにしてみれば好ましく思う。本人に面と向かって言ってやるほど、アルフレッドはアーサーに甘くはないが。
 おそらく彼の幼馴染には甘やかされてきたであろう目の前の青年は、その深緑の瞳を意味深げに細めた。

「あいつがどうなったかなんて、俺も知らない」
「……君ね、自分から話を振っておいてそれはないと思うよ」
「きっと誰も知らないさ、あいつ本人すらも」

 くくっ、と喉の奥で笑ったアーサーは昔に戻ったかのようだった。
 もっとも、昔のアーサーというのをアルフレッドは知らない。
 アルフレッドが出会った時には既に、アーサーは懐古主義のくせに自分のことは一切語らない偏屈な大人だった。
 だからこの場合の昔のアーサーというのはアルフレッドの想像する昔のアーサーであり、それはフランシスと過ごしていた昔話の登場人物のアーサーだ。
 子供っぽくて、それでいて無理矢理取り繕ったかのような品位。
 大人とも子供とも言えない中途半端な位置。
 カップを傾けるアーサーは今まさにそこにいた。

「先の戦争は本土の人間にしてみればテレビ番組の一枠だろうが……少しでも身近な人間が関わった身としては、あれは立派な戦争だったよ」

 先の戦争、と言われてもアルフレッドはピンとこない。
 その頃はアーサーと出会うどころか生まれていたかどうかも怪しい。
 教科書を開けば該当する記述は見つかるが、授業を受けても教科書に目を通しても遠い昔の話にしか思えなかった。
 しかしアーサーにとってはそうではないのだ。飛空士になったフランシスが何らかの形で関わった戦争なのだろう。

「フランシスの休暇が終わったのは開戦と同時だった。すぐにあいつの配属先が決まって、あっという間に空に飛んで行った」

 長い睫毛が伏せられ影ができる。
 童顔なアーサーがそんな顔をすると本当に年齢が読めなくなる。
 沈んだ子供のようにも見えるし、憔悴し切った老人にも見える。
 アルフレッドの苦手なアーサーがそこにいた。

「開戦当初は『今日はどこの海上を飛んだ』だの『飯がまずくて死にそう』だの『海も空も一面真っ青で嫌になる、アーサーの瞳が恋しいよ』だの……本ッ当にくだらない電報ばかり届いてたんだ」

 静かにカップを置いた手はそのまま額に当てられた。カップを持っていた指は少し硬い短髪をくしゃりと掴んだ。
 ぎゅうと閉じられた瞼の向こうに飛空士が恋した深緑がある。
 隠された瞳は一体、どんな想いに染まっているのだろう。
 飛空士がその瞳に恋い焦がれたように、深緑もまた届かない青に想いを馳せているのだろうか。
作品名:空を泳ぐ 作家名:てい