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BOMBER☆松永
BOMBER☆松永
novelistID. 13311
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奥州にて

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 招かれて行った先は茶室だった。なるほど、ここなら邪魔も入りにくいだろう。
 慶次を座らせると、小十郎は支度のために水屋へ向かった。どうやら本当に茶も点ててくれるようだ。待つ間に慶次は茶室の中を見回した。ここもまた、質素ながら品の良い作りをしている。見事な筆の掛物といい、花入れに挿された花といい、それはなんとも絶妙だと感心させられた。
 戻ってきた小十郎は、慶次の表情に感じるところがあったのだろう。何を問われるより先に、「政宗様のお見立てだ」と一言放った。
 知れば知る程、伊達政宗という男がわからなくなる。
 風の噂に聞いた限りでは、喧嘩っ早い戦馬鹿なのだと思っていた。実際会って話をして、勢い刃を交える羽目になった時には、やっぱり随分血の気の多い若者だと感じた。
 けれど配下の者たちが心から慕っている様を見れば、決して力で押さえつけている訳ではなく、彼自身の人徳からなるものなのだろう。
 そして又、華道や茶道を嗜む風流さも併せ持つとなれば、得体が知れないどころの話ではない。
 炉に掛けた鎌の様子を見ながら、小十郎が伺う声をかけてきた。
「どうした?」
 元々慶次は表情豊かな質である、どうやら想いが顔に出ていたらしい。隠すことでもなかったので、慶次は素直に問いに答えた。
「いや、さ。俺も散々傾奇者だって言われてるけど、独眼竜も相当変わってるよなって思ってね」
「あの方の本質など、てめぇみたいな奴にゃわかりゃしねぇだろうよ」
「あのさぁ」
 何故ここまでに冷たい態度を取られるのだろうか。呆れるのを通り越して、なんだか情けなくなってくる。
「あんたら主従は、なんでそんな最初っから喧嘩腰なんだよ」
 薄茶を点てる小十郎は、慶次に顔を向けようともせず言い放つ。
「てめぇが見えるものしか見ようとしてねぇからだ」
 そして慶次の前に椀を置くと、小声で小さく続けた。
「ま……それでも感謝はしてるぜ」
「へ? 何でだい?」
 その問いに小十郎は答えなかった。なんだか薄気味悪いぜと思いつつ、作法に乗っ取って口を付ける。湯の温度から口当たりから、それは完璧と言って良い代物だった。
「うん、こりゃ結構なお点前だ」
 慶次は思わず無邪気に声をあげた。一瞬確かに小十郎の視線が慶次に向かう。何処か値踏みするような様を見せた後、彼は顔を背けて不意に呟いた。
「女は苦手だ、理屈が通用しねぇからな――いつか政宗様は、そうおっしゃっていたよ」
 慶次は何事かと顔を上げて彼を見る。
「――歳を取ると独り言が多くなっちまっていけねぇな」
 小十郎は軽く顔を逸らしたまま、本当に呟くような声で、ゆっくり語り始めた。
「俺が初めてお会いしたときの政宗様は、内気と言うより陰気なお子だった。病が元で片目を失われたことが、あの方の心に陰を作ってらしたのだ」
 今の政宗からは想像もできないなと、慶次は思う。小十郎は遠くを見るような目をしている。
「だが同時に、えらく聡明な方でもあった。もちろん政宗様の行く末を案じたお父上が、良き師と引き合わせられたことも大きかろうが、あれはやはり持って生まれた資質に他なるまい。華や茶を嗜まれるのも、漢詩や和歌と親しまれるのもの、全てがその頃培われたものだ」
 その唇が柔らかな笑みの形を作る。それは何とも好ましい表情だったので、慶次は口を挟まず耳を傾けていた。
「欠けた身体を持つゆえに、何事も人並み以上に成したいと、あの方は精一杯生きてこられた。元服の頃には見違えるほど健やかになられ、そして今では伊達の家長をご立派に務めていらっしゃる。本当に素晴らしいお方だよ」
 その顔に――ふと影が差した。
「だがな、それを好ましく思わない者も又居るのさ」
 その瞬間の口調は、まさに苦いものを噛み締めるようだった。
「珍しい話じゃねぇが、政宗様のご生母様は弟君を跡取りにしたかった。今のところ目立って大きな諍いがあった訳じゃあねぇが、ま、小さなごたごたは茶飯事だよ。何せ、あの方は――政宗様を憎んでるからな」
 これにはさすがに慶次も目を見開き、思わず叫んでいた。
「憎んでるって……だって、実の子供なんだろ?!」
「義姫様のお気持ちもわからなくはねぇ」
 依然慶次から視線を外したままで、小十郎は続ける。
「あの方はあの方なりに傷ついてるんだろうよ。病に伏せた子供を、守れなかった自分。一生癒えぬ傷を負った子供に、何も出来ねぇ自分。そんな自分を責めたに違いねぇ。結果あの方が出した結論は……政宗様を憎むことだった」
 そう語る声は淡々としていて、表情も表向き平静ではあるけれど、その奥底には言い様のない重さが漂う。
「端から愛していない子供なら、どんな目にあったところで悲しくもなけりゃ苦しくもねぇと、そう考えたんじゃねぇのかね」
 一瞬沈黙が流れる。なるほどね、と慶次は思った。女は苦手だ、理屈が通用しない。それはまさしく政宗が生母に向ける想い、そのものを差すのだろう。
 やがての後に、小十郎は絞り出すように再び口を開いた。
「確かに理解はできるさ。けれど俺は許せねぇ。だから、どんな咎を負う羽目になっても、例え差し違えたとしてもと……そう思ったことがねぇわけじゃねぇんだ。だがな――俺の命は政宗様のものだ。なればこそ、あの方が望まないことで、勝手に捨てるわけにはいかねぇ」
 その言葉で、また一つ慶次は理解する。そんな目にあって尚、政宗は母親を庇うのだ。それはこの上もない程哀しいことだと、慶次には感じられた。けれど奥州の竜からは、そんな辛さなど微塵も感じられない。なんという――。
「あの方の強さは心の強さだ。傷も痛みも、全て背負った覚悟のゆえだ」
 慶次の想いを引き継ぐように、小十郎の声が続く。
「あの方は竜だが、人の心を解される。だからこそ、政宗様は天下を取るに相応しい。俺も、伊達の皆も、心から思っているよ」
 思わず慶次は呟いた。
「――あんた相当惚れてんだねぇ」
作品名:奥州にて 作家名:BOMBER☆松永