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バスカッシュ!ログまとめ(ファルアイファル中心)

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ひと匙(ファルコンとアイスマン)



 橙の照明に照らされた店内は薄ぼんやりとしている。
 派手なショーも終わってしまい、店内には微かにジャズが流れている程度だ。
 そのささやかな旋律も人々の声に飲み込まれ、アイスマンの鼓膜を震わせるには至らない。

 誰とも知れぬ女がファルコンにしな垂れかかる。
 グラスを取る一連の動作の合間に、アイスマンはそれを横目でちらと見た。
 グラスを取れば、まるで何も見なかった、というような素振りで琥珀色の液体に口を付ける。

 ファルコンがしな垂れる女の髪を弄ぼうかと手を伸ばした時、ウィスキーはアイスマンの喉を通り過ぎるところだった。
 その上下する白い喉を視界の端で捕らえながらも、ファルコンの興味はすぐに女に移った。


 またねー、と鼓膜に張り付く甘ったるい声で女が見送った。
 店を出てからファルコンもアイスマンも一度も後ろを振り返らない。
 女が店に引っ込んだかどうかも、二人には分からなかった。

「手を振るくらいしてやったらどうです」

 酒を飲んでいた割にはアイスマンの声は平淡だ。声量も普段と変わらない。

「プライベートでまでファンサービスしなきゃならないのか?」

 ファルコンがうんざりだというように返す。

「女は可愛がるものだというのが貴方の持論でしょう」
「ああ」
「なら、彼女に手の一つぐらい振ってやればいい。貴方のファンがまた一人増えますよ」

 アイスマンはファルコンの目を見ることなく淡々と告げる。彼は真っすぐ先を見ているようで、意識は隣の存在に集中し切っていた。

「あんな女に愛想振り撒いてやる義理はない」

 女好きな彼にしては珍しいその言葉に、アイスマンは眉を顰めた。
 フェミニストとはまた違う、女の扱いになれた彼が女を否定するとは珍しい。
 アイスマンから見てもファルコンの異性との距離の取り方は絶妙で、互いが不快な思いをしない付き合い方だった。
 その代わり、ファルコンが特定の相手と長く続いたという話は聞いたことがない。
 身体のみの関係、セックスフレンドならばこの男のことだ、両手では足りないほどいるのかもしれない。
 しかしその関係もファルコンの距離の取り方があり、彼が後腐れない人間ばかりを選ぶから続けられるものだ。
 そんな彼が、先程の女に拒否反応を示している。
 そうなるといくらアイスマンでも考えに辿り着いた。

「面倒なひとだったんですか、彼女」
「面倒かどうかなんて問題じゃない」

 嘆息する表情はネオンに照らされていながらも明るさとは無縁のものだった。

「俺に近寄っておきながら、ずっと目だけはお前を追ってたんだよ」

 ああ、先程から彼の機嫌が悪いのはそういうことかとアイスマンは合点した。
 ファルコンは何より目立つことを好む。その上自信家だ。
 自分に寄ってきた女がその実、隣に座っていた男が目当てとあってはファルコンでなくても腹を立てる。
 人一倍矜持が高いこの男のことだ。そんな内心を一切表に出すことなく、いかにも遊び慣れた風情で女の髪を弄んでいたのだろう。
 そう思うとアイスマンの中に巣くっていた苛立ちが少し治まった。
 いっそ愉快といっても差し支えない程の内心の変化に、アイスマンは素直に苦笑する。

「なんだその笑いは。意地悪いぞ」
「いえ、別に貴方に勝ったなんて思ってませんよ?」
「思ってるだろ。そうでなきゃここで笑う奴はどうかしている」

 静まり返ったのはアイスマンの苛立ちだけだった。ファルコンは段々と語気を荒げ、今にもアイスマンに掴み掛かりそうな勢いだ。
 年上の彼をからかうのが面白くて、アイスマンはうっかり言わなくてもいいことまで言いそうになる。
 先の言葉だけで十分相手の苛立ちを逆撫でているのだ。これ以上何か言えば確実に苛立ちをぶつけられる。
 アイスマンは軽く両手を挙げた。白旗の意味だったのだが、ファルコンには伝わらなかったらしい。
 ぴくりとファルコンの頬が引き攣る。
 こちらも余裕を装っている場合ではない。

「さっきのひとに貴方を取られたみたいで嫌だったんですよ。でも貴方の話を聞いたら、どうでもよくなりました」
「俺に勝ったからだろ?」

 そうではないと言っているのに、ファルコンは聞く耳を持たない。
 今度はアイスマンが呆れ返る番だった。これがいい年した大人の言い分だろうか。今のファルコンは拗ねた子供そのものだ。
 ゆっくりと首を振ってアイスマンは口を開く。

「だって、貴方はずっと私を見ていた訳でしょう? だから彼女の視線にも目敏く気付いた。違います?」

 疑問で投げ掛けてはいるが、アイスマンの声は確信に満ちていた。
 ファルコンが舌打ちする。

「自信家め。自惚れ屋の方が適当か?」
「貴方の愛が分かりやすいだけでしょう」

 ファルコンが二度目の舌打ち。
 いつもは言いくるめられる相手を言い負かして、アイスマンは気分が良かった。何かと年上風を吹かし、いつでも余裕ある男がここまで苛立っている。
 アイスマンは酔っている自覚がなかったが、アルコールは予想以上に身体に回っていたらしい。酔っ払いにしてはやけに明朗な滑舌でアイスマンが続ける。

「あの有名なファルコンと一緒に一夜を共に過ごせるなんて、そのうち後ろから女性に刺されそうですね」

 ネオンが闇を焼き尽くす街の中を肩を並べて歩く。
 アイスマンの隣にいるのはスーパースターだ。女ならば誰もが一夜を共に過ごしたいと思う英雄だ。

 また一人、客を呼び止めようとする女の側を通り過ぎる。
 アイスマンたちが女に気がないのを知ると、彼等が通り過ぎた直後に彼女は舌打ちした。
 彼女は今夜の客を逃したのだ。
 次に通り過ぎるであろう男が、彼女を買ってくれることを祈りたい。
 アイスマンは静かに名前も知らぬ女の為に信じてもいない神に祈った。
 ふと隣を歩くファルコンを見れば、ネオンに照らされた横顔が神妙な面持ちである。

「ファルコン?」
「……さっきの女よりは俺達は幸せだ。夜を誰かと共に過ごせるんだからな」

 アイスマンは少し目を丸くした。
 ファルコンの視界に先程の女は入っていないと思っていたのだ。
 彼の発言から察するに、どうやら自分と同じことを思っていたらしい。
 アイスマンの手がファルコンの手に絡み取られる。
 ファルコンが呟いた時、既に彼はアイスマンを見ていなかった。
 一人一人で孤立しながらも群となる街を見据えている。

「……ええ」

 互いの手を伝わる体温が温い。
 夢から醒めた居心地の悪さそのものだ。
 誰かよりも幸せになりたくて彼と共にいる。
 だのに幸せであることが寂しい等と、口にしてしまいそうになる。
 それが酷く悲しく、心地良かった。


090916(090829)