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バスカッシュ!ログまとめ(ファルアイファル中心)

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眷恋(アイスマンとファルコン)



「ほらよ」

 そう言われてアイスマンの目の前に置かれたのは一杯のコーヒーだった。
 コーヒーを淹れてきたこの家主らしい、素っ気ない白のマグの中にはゆらゆらと香気を漂わせながらコーヒーが揺れている。
 客人の身でありながらこんなことを口にしていいのだろうか、とアイスマンは躊躇った。
 しかし今切り出さなければ、彼は席に着いてしまう。そうなってしまうとわざわざ彼を立ち上がらせねばならない。

「あの、ファルコン」

 アイスマンは思い切って口を開いた。
 ファルコンは椅子を引いた状態でこちらを伺っている。

「タバスコ……貰えませんか?」

 ひくり、とファルコンの顔が引き攣った。
 彼は何か言いたげな顔をしてたがすぐに、今取ってくる、とキッチンに引っ込んでいった。

 アイスマンはぐるりと室内を見回す。
 広い家だ。その割には殺風景で、何となくファルコンのイメージには合わない。
 もっと派手な生活を好んでいるのだと思った。
 家具も小物も家電も食器も、一流でなければ彼のプライドは満たされないと、アイスマンは勝手にそう思っていた。
 テーブル、ソファー、壁紙、申し訳程度に置かれた造花──アイスマンはそれらを一つ一つ目に焼き付けていく。
 いつもよりも心が躍るのは仕方がないことだと思う。
 憧れの、それでいて憧憬以上の感情を抱く相手の自宅を訪れているのだ。
 バスケをするのとはまた違った一種の興奮が、アイスマンの体を静かに震わせた。

 キッチンにタバスコを取りに行くのにそれほど時間が掛かる訳もない。
 アイスマンが室内を三分の二程見回したところでファルコンが戻って来た。
 とん、とタバスコの瓶がテーブルに置かれる。ファルコンは何も言わなかった。

「有難うございます」

 笑顔でそれを受け取って、アイスマンは瓶の蓋を開けた。
 香ばしい香気漂うコーヒーに、迷いもなく地獄の業火に似た赤色の液体を投下、投下、投下。
 一滴一滴落ちてくる様が何ともじれったく、アイスマンは何度も瓶を振る。
 瓶の中身が三分の二程なくなったところで、ようやくアイスマンはタバスコの瓶に蓋をした。
 黒いはずのコーヒーの水面には赤い油脂の膜がうっすらと張っている。
 それをコーヒースプーンで掻き交ぜることもせず、アイスマンは一口。
 こくり、とアイスマンがコーヒーと呼んでいいのか分からない液体を飲み込む音だけが響く。
 マグを唇から離し、アイスマンの口から零れたのは感嘆の溜息だった。

「ファルコン、コーヒー淹れるの上手ですね」
「……そこまでタバスコ投下されて褒められても、ちっとも嬉しくないがな」

 むっとした表情のファルコンが言葉を返す。
 自分は賛辞を送ったはずなのに、何故彼はそんな顔をするのだろう。
 もう一口、とマグを口元に寄せながらアイスマンは首を傾げる。
 しばらくじっとアイスマンを見ていたファルコンだったが、何かを諦めたように息を吐き出した。
 一緒に持ってきたシュガーポットから角砂糖を二つ摘み、ファルコンはコーヒーへとそれを落とす。
 一口飲んだファルコンの口元が緩んだ。微かに浮かべられた相手の微笑みに、アイスマンの心臓が小さく跳ねる。
 コーヒーに砂糖を入れる人間はよく分からない。香ばしい香りがするのに味は甘いなんて、とてもちぐはぐだ。美味しいとは思えない。
 理解は出来ないが、ファルコンはそれを飲むと少なからず幸せな気分にはなるのだろう。
 甘ったるそうなコーヒーを飲んだ時、彼が少しだけ嬉しそうな顔をするのがアイスマンは好きだった。
 そんな彼の顔を見れただけでも眼福というものだ。
 つられて緩みそうになる口元を隠そうとアイスマンもマグを口元に寄せる。

「なあ」

 幸せそうな顔から一転、ファルコンが真顔で口を開いた。

「お前何でもタバスコ入れるよな」
「ええ」
「酒も何かと辛口のやつばかり頼むよな」
「ええ」
「カレー好きだよな」
「ええ」
「……お前さ」
「はい」
「味覚障害じゃあ、ないよな」
「心外ですね、そんな訳ないでしょう」

 そうだよなあ、とが脱力したファルコンが椅子の背凭れに背を預けた。きし、と床と椅子の脚が軋む。
 アイスマンはもう一口コーヒーを飲んだ。喉を焼くような痛み。
 今日は彼と一緒だから、といつもより多めにタバスコを入れてしまったのは否めない。
 身体を起こしたファルコンが心底訳が分からないという顔で尋ねる。

「辛党なのか?」
「そう、でもないと思います。昔から辛いものは苦手ではありませんでしたが、だからといって好きだったという訳でもありませんでしたし」
「なら、どうして」
「……少なからず貴方と出会ってからですね。辛いものを摂るようになったのも、辛口の度数の高い酒ばかり飲むようになったのも」
「俺が何かと甘いモンばっかり食べるから胸やけするってことか。ハッ、俺に対する当て付けかよ」
「違います!」

 間を開けずに断言したアイスマンにファルコンは驚いたようだった。
 ファルコンが思っているように、アイスマンは甘いものを好むファルコンに対して、何かを思って辛いものばかり摂取している訳ではない。
 辛いものを食べられることを自慢だとも何とも思っていないのだ。
 ファルコンの言うような胸やけを感じることはない。
 むしろその逆で、彼のささやかな幸せを自分も分けてもらっている。間違っても嫌悪はないのだ。

「……違います」

 もう一度、弱々しい声でアイスマンは否定した。
 自分が好意を寄せる相手に勘違いされること程悲しいことはない。
 アイスマンは自分の視界に涙が滲んでいないのが不思議だった。それくらい心は悲しみに溺れていた。
 心底を彼に晒すことは出来ない。
 だが果たして内を晒け出さない陳弁に意味はあるのだろうか。
 この劣情を滲ませずに相手に伝える術をアイスマンは持ち合わせていない。
 どうにも出来ない悔しさから、心はどんどん沈んでいく。沈んだ先から涙が溢れ出すことはなかった。それが余計に悲しいと思える。

「辛いものを食べたり飲んだりすると、喉が焼けるように感じるでしょう? それがいいんです」

 涙の代わりに零れたのは独白だった。
 そこには陳弁も心も含まれていない。相手に何かを伝えるのを諦めた、そんな言葉だった。

「意味が全く分からないな」

 ファルコンの言い分は尤もだった。
 アイスマンは彼に何かを伝えたかったのではない。ファルコンが理解出来ないのも当たり前だ。

「何も言えない喉など焼け焦げてしまえ──そんな自戒ですよ」

 折角彼が踏み込んでくれたというのに自分は何も話せない。
 影があるように振る舞って相手の気を引くなど、自分がされたら欝陶しくて堪らないというのに。
 ファルコンがコーヒーを一口飲む。
 淹れたときよりは冷めているだろうが温いということもないだろう。
 多少冷めたところで甘さが変わる訳でもない。
 だのにファルコンは顔を顰めた。その顔はこれっぽっちも幸せそうではない。

 無音が部屋に満ちる。

 何かを深く考えて手を伸ばした訳ではない。気付けばアイスマンはシュガーポットを手前に引き寄せていた。