BASARAログまとめ(腐向け)
炎夏(瀬戸内)
じりじりと容赦なく日差しが降り注いでいるというのに傍らの男は実に涼しげだ。
恨めしい目で彼を見遣ることにすら体力を使ってしまいそうで、元親はただただ息を吐き出す。その吐息すら熱いものだから、余計気怠さは増すばかりだ。
目の前の硯は冷たいだろうかと考え、我ながら頭が茹だっていると思った。墨の載った硯に顔を押し付ける程馬鹿ではない。
さらさらと流れるような筆遣いとともに墨汁が和紙に広がっていく。
じわりと滲んでいくその様を見て、僅かに水気が多いのではと感じる。
しかし元親は筆を取る男に指摘しない。もしかしたらこれが彼の好む濃さなのかもしれないし、口を出せば聞きたくもない言葉を浴びせられるのだ。
それならば大人しく暑さに唸っていた方が賢明であろう。
海上で過ごすことの多い元親だが、どうして陸と海では日差しまでも違うのだろう。
海の日差しは遮るものが何もない分、直線的だ。元親にはそれが清々しく感じるし、暑いなりにも好ましく思う。
だのに今いる陸ときたら何と苛々する日差しなのだろう。
壁や簾で遮られているというのに熱だけは届く。肉眼でその光を見ることはないというのに、確かに熱源の存在を感じるのだ。
あっちぃ、と元親が零せば、涼しげな男が冷たい視線を寄越した。
「だからといって貴様、それ以上脱ぐではないぞ。ただでさえ見苦しいというのに」
硯の縁に筆を預け元就は嫌悪感を露にして言った。
本当にこの男は口を開けば刺しか出てこない。
元親もある程度は慣れたが、彼が口を開く瞬間というものはどうしても身体が強張ってしまう。
「俺にゃそこまでかっちり着込んだお前の方が暑苦しいぜ」
戦場で見る甲冑姿はそれはそれは暑そうなものだが、今の元就の姿も季節に見合わずかなりの厚着に思えた。
生地自体は一国の主らしく上等なもので薄手でありながらも触り心地は良さそうだ。
醒めた美貌と呼ぶに相応しい元就が着ているせいか余計にそう見える。
じりじりと太陽が上に昇って行くのを館にいながらにして感じる。
相手先でなければ元親は畳に顔を押し付けているところだ。
いくら元親といえども一国を統べる立場である、ということを忘れてはいない。
傍らにいる醒めた男は己と同じ立場の者だ。
ここでそんな弛んだ姿を見せようものなら、冷笑とともに一蹴されればまだ良い方。それどころか相手に自分が格下だと思われかねない。
「お前、暑くないのか?」
「特には。別にこれといった煩わしさは感じない」
ああ、勿論主の存在は別格で煩わしいがな。
珍しく会話に乗ってきたかと思えばこれである。
それが自然に吐き出されるものだから、元親自身までもが一瞬自分が煩わしいのは自然の摂理とちらと思ってしまう。それが堪らなく恐ろしい。
外ではかんかんと日が照っているのであろう。ここの主の言葉に変えれば日輪の守護か。
不意に元親は合点した。元就が汗一つかくことなく机に向かえる訳だ。
「日輪様のご加護って訳かい」
「ふん……もともと暑さ寒さに頓着しない性だからかもしれぬ。日輪の温かみすら感じられぬのは、我の信仰が足りぬのであろうが」
ぽかん、と元親は口を開いた。
この涼しそうな顔をした男は、今何と言ったか。
その物言いではまるで──
「温度、感じないのかよ……」
「先程からそう言っておろう」
元就が不快感に顔を歪ませたのは、恐らく元親が彼の言ったことを理解するのに時間が掛かったからだ。
決して、自分が暑さ寒さといったものを感じ取れないことを知られたという不愉快さではない。
元就は温度を感じないことが別段おかしなことだとは思っていないのだろう。
あるいはそのことに不便さを感じないからこそおかしなことだと思わないだけか。
どちらにしてみても元親には信じられないことだった。理解出来ない事柄と言ってもいい。
日輪を背負う男は涼しげな着物を着込み、簾を下ろし、じきに縁側には澄んだ音を鳴らす風鈴が吊される。
幾度かの夏を共に過ごしてきた元親は知っている。
歌にも詠まれるそれらを味わい、表情にも出さないが元就は季節を味わっている。武人としてだけではなく文人としての面もあるのだ。
だのに彼は、移ろいゆく空気の温度が分からないという。
それでは彼は季節を味わう振りをしていたということか。否、そうではないだろう。
彼はただ、空気の流れを肌で感じられないだけだ。だからこそ視覚的に聴覚的に味覚的にそれらを味わおうとする。
貪欲なまでの欲求。それが元就が季節を追う原因だったのだ。
「暑さも感じぬ。寒さも感じぬ。一度で良い、この身を焦がす日輪以上の熱が知りたいものよ」
切れ長の目を細めて呟く智将の横顔が鬼の目には寂しそうに見えた。
090705
作品名:BASARAログまとめ(腐向け) 作家名:てい