BASARAログまとめ(腐向け)
接吻(学パロ・佐助と政宗)
「俺さあ、伊達ちゃんとあんまりキスしたくないんだよねえ」
唾液で濡れる唇を不愉快そうに歪ませて、政宗は佐助を睨み付けた。
緩い力ながらもしっかりと佐助の手は政宗の腕を押さえ付けている。
体格差もそれ程ない男同士だ。押し倒されている政宗も本気で抵抗すればこの手を振り解くことは容易である。
それを振り解くことなく独眼はただ佐助を見上げるばかり。
鳶色の瞳に滲む感情に佐助が気付かないはずがなかった。
「だって苦いんだもん。キスは煙草の味がするとか、そんな可愛いレベルじゃないよ?」
「……言いたいことはそれだけか」
「それだけ、って」
先の発言は思わず零れ落ちたものだった。しかしその分佐助の本心だった。常日頃から浅いところで思っていたからこそふとした拍子に零れる。
政宗には「それだけ」で済まされてしまったが、佐助にしてみればたった一言で済まされていい問題ではない。
政宗が口寂しい度に煙草を吸うなら、佐助は口寂しい時には政宗にキスを仕掛ける。
佐助自身煙草の臭いというものがどうにも苦手で、制服にまで煙草の臭いを纏った政宗に会う度にどうしても顔を顰めてしまう。
もっともそれは一瞬のことで、鼻が慣れてしまえば抱き着いたりキスをしたりとそれ程抵抗は感じない。
ただ煙草の臭いなどするはずのない自宅で、自分の制服にまで移ってしまった彼の銘柄が鼻を擽るとまた顔を顰めてしまう。
それは煙草の臭いが移ってしまったという不快感と、政宗が傍らにいないのにその残り香だけがあって虚しくなってしまうからだ。
キスはさくらんぼの味、などと言ったのはいつの時代か。
今に合わせて言うならばキスは煙草の味だろう。その方が多くの人間に当て嵌まりそうだ。
その大方の人間に回る佐助は恋人との口付けに疲弊していた。
愛しい唇は自分の苦手とする苦みがあるのだ。
これでは煙草そのものと接吻しているのでは、などと愚考してしまう。
だいたいそこまで口寂しいのなら、政宗も自分のように恋人にキスを強請ればいいのだ。政宗の恋人は佐助なのだし、そうすれば佐助が口寂しい思いをすることも減る。
あの忌ま忌ましい有害物質に愛しい恋人を取られないで済むのだ。
健康にとっても恋仲にとっても嬉しい解決案ではないか。
「それだけ、って問題じゃないでしょ。ここで俺が『伊達ちゃんが煙草吸うならキスしない』とか言ったらどうすんの」
「ハッ、そんな女々しいタマかよ」
見上げる一つ目のなんと小憎たらしいことか!
煽る独眼に素直に従って佐助はもう一度唇を寄せる。
すん、と彼の匂いを嗅ごうとすれば、やはり鼻をつくのは色々なものが乱雑に混じり合った煙草の臭いだ。
思わず唇に触れることを躊躇ってしまう。
目の前にある真っ赤な口唇を貪り始めてしまえば煙草の味などどうでもよくなってしまう。
経験からそう分かってはいても佐助は一瞬躊躇してしまった。
その一瞬の躊躇を政宗はつまらなさそうな瞳で射抜いていた。
細まった隻眼に佐助が慌てふためいても時既に遅し。
「もういい、萎えた」
「え、ちょ、伊達ちゃん!?」
「コンクリートと仲良くキスしてろよ、じゃーなヘタレ野郎」
佐助の肩を押し退け立ち去るまでの政宗の行動は早かった。
「萎えた」で気を抜かれた佐助はその行動についていけず、大人しく彼を逃がしてしまった。
キスの味にまで文句を付けた己の狭量が悪いのか。
人を振り回すことに長ける彼の人を恋人にもつ佐助とて、許容出来る範囲と拒まざるを得ない部分というものがある。
政宗とのキスはちょうどその中間にあるものだ。
「あー……俺様ひょっとしてやっちゃった?」
咥内に未だ残る苦みとこの時期特有の湿気に、佐助の機嫌は墜落の一途を辿るばかりである。
カンカンカンとリズムよく階段を駆け上がり鉄扉を開け放てば、俄かには受け入れがたい光景が広がっていた。
佐助は買ってきたばかりのパンを落とす程度には動揺していた。
喧嘩ともいえない些細な言い争いから気まずくなっていた恋人が、屋上で銀髪の男に凭れ掛かっていたのだ。
落としたパンを拾うことも忘れ、佐助は大股で二人に近寄る。
近寄れば近寄るほど噎せかえるような煙草の臭いがした。
臭いが一種類しかないことが救いか。
これで二人分の違う銘柄の臭いが混じり合っていたら、佐助は呼吸の仕方を忘れたくなる。
「ちょっと、何してんの」
「何って、いつも通りのサボりだよ」
答えたのは元親だった。
ゆっくりと燻らせ吐き出された紫煙から、屋上で煙草を吸っていたのは元親だけだと知る。
政宗は瞼を閉ざしたまま。人の気配に敏感な彼が起きていないということはないだろう。狸寝入りか、全くいい根性をしている。
自分以外の男に甘えているようにも見える政宗の姿は、今の佐助にとって許容範囲外だった。
どうせ親しい人間しかいない。ならば猫被りするのも馬鹿馬鹿しい。
佐助は苛立ちを隠そうともせずに政宗を見下ろした。
「伊達ちゃん、起きてるんでしょ」
「……元親ァ、火」
佐助を完全に無視するような政宗の声。妙に甘えたその声は隣に座る元親へと向けられていた。
「火って、お前なあ……さっきから俺の煙草奪いやがって。禁煙中なんだろ?」
「おー、だから自分のは持っちゃいねえ」
元親が文句を言う間に政宗は華麗に煙草を奪っていく。
その手つきが実に慣れたもので、二人の間ではそれ程珍しいことではないのだと知れた。
無視されただけではなく他の男と仲睦まじいところを見せられてしまっては、完全に佐助の許容範囲を越えていた。
政宗は先程まで元親が燻らせていた煙草に躊躇いなく口付けた。
節がしっかりとありながらも細く長い指で煙草を挟むと、深く深く有害物質を吸い込んでゆく。
どこか満足げな政宗の顔を見て、彼が煙草を吸う様だけは好きだと煙草嫌いながらも佐助は思った。
怒りは溶け切らずに佐助の心に存在したが、ここまでくるとどれに嫉妬していいのか分からなくなってきた。
恋人の肺を犯す紫煙か。
自分達の関係を知りながら甘えを許容する銀髪か。
殊更ゆっくり息を吸い込めば、佐助の肺も苦みで満たされる。
主流煙よりも副流煙の方が有害物質の割合が高く、それ故受動喫煙の方が肺を汚す──保健の授業で何度も耳にしたことがぼんやりと頭を過ぎった。
吸った時と同じように息を吐き出せば、気が付いた時には政宗の視線は元親にも佐助にも向いていなかった。後ろを振り向き、フェンス越しに空を見上げている。
こうなってしまった政宗はなかなかこちら側に帰ってこない。自分の思考に閉じ篭り、完全に接触を絶ってしまうのだ。
あーあ、と元親が呆れたように言った。いつもは頭一つ分見上げなければならない彼も、座っているおかげで見下ろすことが出来る。
ああなってしまった政宗に何を言っても返ってこない。仕方なしに佐助は元親へと声を掛けた。
「ねえ、さっき禁煙って言ってたけど……伊達ちゃん禁煙してるの?」
「おう。何でもべた惚れの恋人に『煙草の味のするキスは嫌』って言われたのが堪えたらしくてよ」
作品名:BASARAログまとめ(腐向け) 作家名:てい