二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【パラレル】空中現実七番地【イザシズ】

INDEX|3ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 


「はーい、一名様ご案内ー」

 わざとらしく明るい声で臨也は店の扉を潜った。
 静雄の手を繋いだまま入店したので、店内にいた客は勿論、スタッフまで何事かと入口を振り返る。
 受付カウンターに見慣れた顔を見付けて、臨也はそのままの調子で麗しい黒髪の女性に声を掛けた。
 女性は臨也の顔を見て無表情の中に嫌悪を滲ませるという器用な真似をしてみせたが、その後ろに続く男には作ったような笑みを向けた。

「今日ってプライベートブース空いてるよね?」

 臨也が女性に尋ねたのはこの店に設けられている完全予約制の個室。
 隣の客と客の間に仕切りを設けた簡易的なものではなく、壁は薄いものの広さもそれなりにある完全な個室空間だった。
 通常会員は利用出来ず、ある一定の条件を満たし、なおかつ事前に予約が必要。
 そんな特殊な空間は滅多に使われることがなく、大体の使用は臨也が気まぐれに客を通す程度だった。
 しばらく予約は入っていなかったし、昨日確認しただけでも空室だったはずだ。
 尋ねはしたものの、臨也の足は返答を聞く前にプライベートブースがある方へと向かっている。

「空いてはいますが、許可なく使用するのはどうかと思いますよ。チーフ」

 “チーフ”の部分に力を込めて女性が臨也を引き止める。その面には笑顔が浮かんでおり、声音も上司の勝手な行動を咎めるようなものだったが、聞く者はみな彼女が奇妙な程無表情であるように思えた。

「どうせ誰も使ってないなら有効的に使うべきだと思うけどね、その辺はどう思う? 副店長」

 今度は臨也が相手の立場を確認するように言う。
 副店長と呼ばれた女性――波江は、一切の感情を作り笑いの下に押し込めたようにして淡々と言葉を返す。

「いくらチーフとはいえ、職権濫用の自覚はありますよね」

 客の前なので波江は笑顔を浮かべ丁寧な言葉遣いをしているが、本性を知っている臨也としては鳥肌ものだった。
 おシゴトって大変だね、そんな意味で臨也は口角を上げた。このやりとりも滑稽以外の何物でもない。波江も形ばかりの忠告で、その手は既にカウンターに必要な書類を整えている。

「……今日はプライベートブースの利用はありません。ですが一応、形だけはお願い出来ますか、お客様」

 すっと波江が静雄の方に差し出したもの。一本のボールペンとクリップボードに挟まれた予約表だった。
 え、とも、あ、とも言える濁点のついたようなくぐもった声が臨也の後ろから聞こえた。
 臨也と波江の話の矛先が突然自分に向いて、静雄はどう反応していいのか分からなかったのだろう。それまで我関せずといった調子で物珍しそうに店内を見回していれば、そんな反応しか返せないのは当然だった。
 予約がなければ使えない個室であるから、形ばかりとはいえ予約があったという事実は欲しい。そのために差し出された予約表とボールペン。
 臨也は波江が静雄にボールペンを差し出したところで、横からボールペンとクリップボードを奪ってしまった。

「平和島静雄サマ、コースはカットとシャンプー、それにトリートメント、っと」

 さらさらと奪ったボールペンで必要なことを勝手に書き綴っていく。
 波江は毎度のことなので呆れ混じりの冷めた目でそんな臨也を見ているが、置いてけぼりを食らったのは店内の客とスタッフだった。
 公認オフともいえるカットモデル探しに出掛けたチーフが、お目当ての原石を見つけて帰ってきた。そしていきなりチーフと副店長の間で起こった腹の探り合いにも似たやり取り。何度かこういった場面に立ち会わせたスタッフですら固まるのだ。客の方は動揺しきり。当然の反応だった。
 臨也と波江はそんな周囲の状況等全く気にする事なく形ばかりの書類を揃えていく。
 静雄は客とスタッフがいるフロアとカウンターを交互に見遣って、自分はどうすべきなのかと立ち位置に迷っているようだった。
 予約表といってもそれ程書くべき必要事項はない。静雄は臨也が連れて来たカットモデルであるから、臨也のやりたいことをそのまま書くだけでいい。当たり前のように臨也は静雄に一切意見を聞くことはなかった。
 かたん、と予約表を挟めたクリップボードがカウンターに置かれる。ボールペンも置いて手が空いた臨也は、まるでそれが当然であるかのように静雄の手を取った。

「あ、勿論指名は俺だから。ちょっと書き足しといて」

 波江にそう言い残して、臨也は簡単に奥に引っ込んでしまった。
 言い渡された波江は、取り繕う必要がなくなったというように素晴らしい程の無表情に。
 ボールペンと置かれた予約表を取ると、担当欄に流れるような筆跡で臨也の名前を書いていく。
 スタッフや客がほっと息を吐き出したのもつかの間だった。
 がすっと固いもの同士が貫通し損ねたような音。
 音源を辿れば、波江は涼しい顔でこれから来店する予約客のチェックや販売用のシャンプーやトリートメントの在庫チェックに勤しんでいる。
 彼女のいるカウンターには、ペン先がひしゃげたボールペンがぽつねんと置かれていた。


100215