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drrrイザシズログまとめ

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閉め出し損ねた歓喜の理由


※4〜5年くらい前に書いた「シャットアウト」を今の文体で加筆修正しようとしたら何か別物になっちゃったよ編



 くるくるとプレイヤーのディスプレイ中を旋回する曲名=アン・ディー・フロイデ。
 35mmのプラグ口には何もない。機嫌良くその歌を口ずさむ男の耳元にも、イヤホンやヘッドホンといったものはなかった。ただディスプレイはしっかりと再生中を表示しており、再生時間も順調に伸びていく。
 どこにも繋がらないプレイヤーを片手に男は歌を口ずさむ。足取りも軽く、まさに全身で喜びを表現しているかのようだった。
 ふと歌声が止まった。それでもディスプレイは再生中を表示している。
 見慣れた金髪/忌ま忌ましい金髪。雑踏の中で頭一つ分飛び抜けているその後ろ姿は、誰もが一度は視線で追い掛けたくなる衝動に駆られる。
 それまで喜びを静かに軽やかに紡いでいた口元は、笑みとも痙攣とも取れる奇妙な形を描いた。

「シズちゃん」

 ぴくりと先を行く彼の人の肩が跳ねた。
 ひっ、と周りの人々が小さく悲鳴を上げて足早にこの場を立ち去っていく。
 金髪の名を呼んでから、ああしまった、と臨也は後悔した。
 本当ならば自分だって、悲鳴を上げ立ち去った人々のように、彼の存在に恐れをなして早々に立ち去るべきだったのだ。
 いや、自分が彼に恐れをなすという言い回しはどうにもいただけない。確かにこの胸の内にあるのは恐怖に分類されるだろう。どちらかといえば煩わしさか。
 だが、それを素直に受け入れようという気にはなれなかった。

「……なんでテメーがここにいやがる」

 その名を一字たりとも見つけることが出来ないような、険しい目付きをした金髪の男――平和島静雄が、地を這うような低い声で吐き捨てた。
 サングラスの奥から薄く見て取れる瞳には嫌悪しかない。
 ああ、やっぱ失敗したなぁ。顔に出さないまでも内心は思い切り顔を顰める。
 鋭い眼光を真っ直ぐ受けて、臨也は極力努めて朗らかな笑顔を浮かべられるようにした。

「散歩してただけだよ。で、たまたまシズちゃん見つけちゃったってワケ」
「ほー」

 静雄の声音は穏やかだった。だが声帯と表情筋は見事なまでに反比例の関係にあり、すでにその顔には青筋がかなり浮いていた。
 臨也が静雄に声を掛けたことにより、二人を中心に雑踏は綺麗な円形になくなっていた。

「俺を見つけたからってわざわざ声掛ける必要はねぇよなぁー?」
「いや、なんというかその辺は俺のうっかりミス」

 本当に、声を掛けるつもりなど微塵もなかった。彼の視界に入らないように細い路地に入ってもよかったし、あるいはそんな露骨な避け方をせずとも、彼を認める前のように素知らぬ顔で後ろを歩けばよかったのだ。
 だのにどうして、こんなことになってしまったのか。自分にしては抜けすぎていたと思う。
 ぴき、と音がしないのが不思議な程だった。臨也の答えが決定打だったようで、その瞬間に静雄の顔が怒りに染まる。
 予備動作なし/躊躇いなし――ひょい、とまるでその辺にあった空き缶を拾うような軽い動作で引き抜かれた標識が一直線に臨也の元に飛んできた。
 ある程度静雄の沸点の低さを読んで、この辺で何等かしら飛んでくるに違いないと臨也は踏んでいた。それほど慌てることなく飛翔して来た標識を避ける。
 臨也が避けたことにより、標識はその向こうにあった自販機に突き刺さった。がこん、と固定されているはずの自販機が僅かに揺れる。

「本当……なんで声掛けちゃったんだろ」

 はは、と乾いた笑いが思わず口から零れた。
 手にしたどこにも繋がらないプレイヤーを上着のポケットにしまい、代わりに手にしたのはどこかに繋がる何かを断ち切るためのナイフ。
 鋭い銀の光に対面する静雄の瞳にも鋭さが増す。

「本当は池袋に来るつもりもなかったのに。本当にシズちゃんに会いたくなかったのに」

 何でこうなっちゃうかなぁ。
 自分の意志に反する行動ばかり取る静雄ならともかく、自分は何故自分自身が描いていたほんの少し先の未来に反する行動をしているのだろう。
 自分自身のことなのに自我が思うようにまとまらないのがこれ程不愉快なことだとは思わなかった。

「俺が知るか」
「別にシズちゃんに答えて欲しいだなんて言ってないけど」

 目の前の金髪の男の目が明らかに据わった。

「死ね、とにかく死ね。答え見つける前に死ね」
「え、嫌だよ」
「答え分かんねー苛立ち抱えたままお前が死んでくれると、俺のムカつきがざまぁみろってことで少し軽くなる。だから死ね」
「うっわぁ、理不尽!」

 彼の苛立ちの軽減のために殺されるつもりはなかった。その大前提として、彼に殺されるつもりは元から全くないのだが。
 本当なら自分は、仕事が順調に運んだことによる機嫌良さから散歩に出て、猥雑な街並みと愛おしい人間を肌で味わいながら鼻歌混じりに喜びを噛み締めようとしていたのだ。この過程の一体どこに、憎くて煩わしくて堪らない平和島静雄との邂逅が入る余地があるのだろう。
 余地はなかったはずだ。それなのに今臨也は静雄と殺し合いを始めている。
 訳の分からないことに苛立つ自分に更に腹が立ち、自棄気味に臨也はナイフを振るった。感情任せの軌跡は静雄でなくても容易く避けられる。
 そんな安易で直線的で感情的な一撃を繰り出してしまった自分にまた腹が立つ。何処までも矛盾、焦燥、苛立ち、重ねて矛盾。

「どうしてシズちゃんはシズちゃんなんだろうね、今なら俺、シェイクスピアになれそうなんだけ、どっ!」

 勢いのままに臨也は振り上げた脚を下ろすと同時、逆の脚で静雄の拳を蹴り上げた。

「いいから死ね!」

 怒りに染まった彼は気の利いた言葉一つ返してくれない。尤も平生の静雄ですら、シェイクスピアに対する気の利いた返答など持ち合わせていない。それくらい感情的に動く今の臨也にも分かっていた。
 己が求めているのは何だろう。明確な答えを欲するならば、今すぐこの煩わしさの中心から逃げ出して自室で哲学に耽るなり思考の海に落ちるなりすればいいのだ。
 何故自分は静雄の後ろ姿に声を掛けた。
 ただ単に殺したいだけならば後ろから切り付ければ良いだけの話。臨也はそこに、卑怯とか後ろめたさとかを抱くような良心は持ち合わせていなかった。
 何度か組み躱し、更に次の手へと繋げていく。その先に臨也の求める答えがあるような気がした。
 幾度目か、最早数えることすら無駄である焦燥の到来。一歩踏み出せば得られるであろう真実を目の前にして、臨也は踏み出すのではなく踏み込んだ。そして大きく振りかぶりナイフの切っ先を突き刺す。
 ひゅん、と空を切る音。
 臆病者の泣き声みたいだ、と臨也は自嘲に唇を歪めて笑った。


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