鉄のラインバレルログまとめ(森次受中心)
魔法(10巻ネタ・山下と森次)
肩を震わせ、泣く少年に何と声を掛けるべきか。
森次はそうっと息を吐き出した。
しゃくり泣く少年の肩はまだ頼りなく、触れた手の平から伝わる体温は、己のそれよりも高いような気がする。
山下が泣くところなど、久方振りに見た。ここ数年近くの記憶の方がやはり色濃いものだから、出会ってから数年分の記憶を思い出すのに多少時間が掛かる。
苦労して掘り出した過去では、山下は今と同じように泣いていた。いつも森次の上着の端を掴んで、俯いて鳴咽を殺すことなく泣いていたのだ。
当時は自分もどうしていいのか分からなかった。幼い頃、自分は泣いてばかりで親友と姉に慰めて貰ってばかりいた。だから、泣いている相手がどうすれば泣き止むか、身を以って知ってはいたが、果たして同じ方法で泣き止むだろうかと頭を悩ませたことがある。
今は、どうすべきなのだろう。
一巡したところで、森次の思考は答えを導き出せずにいる。
この分では、山下はまだ泣き止まないだろう。それどころか、更に泣きそうな気もする。
感情の制御法が涙に溶け出してしまうのか、幼い頃から山下は泣き出すとしばらく泣き止まなかった。啜り泣きの合間に、森次に対する不満など、普段言えないことをまとめて流してしまう。生意気ながらもどこか大人ぶった山下は、泣いている間だけは年相応のこどもへと帰るのだ。
不安だった、嫌だった、繰り返し何度も呟く山下に、森次はただ「ああ」としか言わない。頭を撫でてやろうかと思い、止めた。それでは本当に子供扱いだ。森次に認めてもらおうと必死になる山下の姿を知っている。だから、森次はそんなことを出来る訳がなかった。
「山下」
森次が名前を呼んだ。
山下がぐちゃぐちゃになった顔を上げる。涙で潤んだ大きな瞳には、小さく笑んだ森次が映り込んでいた。
額、右の目尻、左の目尻に森次が口付けた。
ぽかん、と山下は口を開けて森次を凝視する。最後に一粒だけ涙が落ちた。
「小さい頃、よく英治がやってくれたんだ」
森次が泣き出すと、その幼なじみは「魔法を見せるよ」と一言言って、優しく唇を落とした。そして、同じ体格にも関わらず、腕を目一杯伸ばして森次の体を抱き締めたのだ。
あの頃の自分は何が原因で泣いていたのか、森次には全く思い出せない。恐らく、思い出す必要もないほど些細なことか、思い出したくないほど嫌なことのどちらかだろう。
どちらの理由で泣いていたにせよ、親友の温かささえあれば、森次は涙をぴたりと止めた。己の手を引いたあの手は、確かに魔法だったのだろう。
「英治……桐山、ですか」
泣いていた山下が、ちょっと不機嫌な顔になった。
当然か、と思うと同時、森次は配慮が足りなかったかと舌打ちしたくなった。さっきまで敵だった男がしたことと同じことをされ、嬉しいと思える人間はいないだろう。
森次は、ぽん、と山下の頭を軽く撫でた。
濁したのだ。
追究したそうな山下に、そっと曖昧に微笑んで立ち上がる。
「さて、我々も出掛けるとしよう」
まだ何か言い足そうな山下だったが、これ以上言っても森次は答えないだろうと思った。立ち上がった森次は恐らく、今後の予定でも組み立てているに違いない。
終わった話題だ、と無理矢理納得した。袖で涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭いた。
「行くって、早瀬たちのところですか?」
山下の声は酷く震えていた。ほんの少し前まで泣きじゃくっていたのだから、当然のことだった。
散々泣いて、弱音まで吐いてしまった後だというのに、途端に山下は恥ずかしくなった。情けないな、と思ったが、どうしようもない。せめて声だけは平生を保っていたかった。
「私は会場の支払いに行くだけだが」
山下はソファに座ったまま、森次を見上げる。
「たまには、お前も楽しんでこい」
ぱっと顔を輝かせ、山下は立ち上がった。
「はいっ!」
森次は山下を気遣ってくれたのだろう。それだけで桐山英治の件など、たちまち霧散した。
部屋を出た森次の後ろ姿を見て、山下は先程のことを思い出した。
「あれ、ボクって森次さんにキスしてもらっ……!」
自分以外誰もいない彼の人の自室で、山下は一人満面の笑みを浮かべた。
080920
あの二人きりの自室はやばいと思います。
作品名:鉄のラインバレルログまとめ(森次受中心) 作家名:てい