彼方セブンチェンジログまとめ(腐向け)
「それにしても、こんな年の瀬にあんな特番やらなくてもいいと思うんスよね」
「あんな?」
「なんかこう、不安を煽るような」
「他局がバラエティーで固めているからな。あえてぶつけたんだろう」
ふーん、と一応返事を返したものの、内心では納得していなかった。しつこく聞いたところで田中は放送局の人間ではない。明確な答えが返ってくるはずもなかった。
「そういえば昔もありましたよね、ノストラダムスでしたっけ」
「1999年7月に人類は滅亡する、だな」
「オレ、その時ガキで本当怖くて。家族がそういう番組見る度、『もっと楽しいのにしようよ』ってぴーぴー泣いてました。だってそうでしょう? 家族皆でテレビ見てるのに、何であとちょっとで死ぬこと考えなきゃならないんスか」
収録中はほぼだんまりを決め込んでいた反動か、彼方の口からはすらすらと言葉が出て来る。隣に座る田中は、何も言わずにじっと話を聞いている。
彼方の話はどんどん加速。結局はいつも通り笑いの素晴らしさに行き着くのだが、今日は一段と熱を込めて話してしまった。
一息に話してから、しまった、と後悔。隣に座る田中の表情が今更気になった。顔色を窺えば、彼方が予想していたような表情ではなかった。無関心そうな表情をしながらも、田中の耳はしっかりと彼方の話を聞いている。窓から入る街の明かりしかない中で、田中は手帳を開いて何かを確認していた。
相槌一つなかったので不安だったが、田中の嘆息に繋がる内容ではなかったようだ。
「田中さんはノストラダムスの時何歳でした?」
「確か中学だったかな」
手帳を開いたまま田中は思案、それほど時間を置かずに返答が返って来た。しっかり答えが返ってくるということは、やはり彼は自分の話を聞いていてくれたのだ。
喜びがそのまま表情に表れる。自然と声も弾んでいた。
「『俺はそんな予言なんて信じねー』ってタイプでした? 田中さんって」
「さあ、どうだかな」
「はぐらかさないでくださいよー」
ねえ、と答えを催促しても返ってこないであろうことは分かり切っていた。田中が何かに集中しながらの会話だと分かっているので、彼方は相手の膝や肩を掴んでガクガク揺らすことをしない。本当は揺らしてこちらに気を引きたくて堪らなかったのだが。
田中が手帳の方に何かを書き始める。そうなるとさすがの彼方も口を閉ざした。車内には微かな音量でラジオが流れる。
「あ」
「どうした?」
彼方が突然声を上げたので、田中も手帳から顔を上げる。彼方は窓の外、上空を見ていた。
「月がなくなってますよ田中さん!」
「月はなくならんだろ、月は。この場合は、えーと」
「月食ですよ」
田中に助け舟を出したのは運転手だった。彼方も田中も、同じタイミングで「月食」とオウム返し。
「いやね、ラジオでやってたのを聞いただけなんで私も詳しくは知らないんですが……今年は初めて、元旦に部分月食が起こるんだそうで」
「へえ」
彼方が改めて空を見上げる。月を背にしてタクシーは道を行く。
見えなくなるぎりぎりまで月を視線で追い掛け、前に向き直った。
「田中さん」
「今度はなんだ」
「オレね、世界が終わるときに仕事していたいって言ったの、ちゃんと理由あるんですよ」
「……意外だな」
「仕事中なら、田中さんずっとオレのこと見てるでしょう? 好きな人に見つめながら死ねるなんて幸せだなあ、って思ったんス」
言うだけ言ったものの、恥ずかしくて顔も上げられない。会場を見渡した時のように、視線を彼に向けることすら出来なかった。
ぱたん、とやけに大きな音を立てて手帳が閉じられた。ふう、と隣が軽く息を吐いたことを知る。
「彼方」
田中は眼鏡を外して、それほど大きくはない、しかし彼方の耳にはしっかりと届く声で言った。
「……月が綺麗だな」
後ろを振り向いても、凛と輝く姿はない。暗闇と人工的な光が浮かぶだけだ。
「はい」
闇に呑まれた月を探しながら声を返す。
後方を向いていた彼方は、隣に座る彼の人の顔が赤く染まっていることに気付かなかった。
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作品名:彼方セブンチェンジログまとめ(腐向け) 作家名:てい