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その日は、

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その日は、幸せな日だと思った。



お昼を少し過ぎたころ、突然10代目に部屋に呼ばれた。
10代目の右腕として信頼されるようになってから、俺一人で判断し、下に指示することも多くなった。
ここ最近で部下がヘマしたなんてことは聞かないし、こんな風に10代目に呼ばれるのは久しぶりだ。

「失礼します。」
と、ドアを叩き、中から返事があったのを確認してドアを開ける。
10代目は、珍しく優しい笑みを浮かべていた。
…こんな風に笑う10代目を見るのはえらくひさしぶりだ。
俺が驚いた表情をしたせいか、10代目はクスッと笑う。

「お疲れ様、極寺くん。」

『極寺くん』なんて呼ばれるのも、いつ以来だろうか。
気がついた時には鋭い声で『隼人』と呼ばれるようになっていた。

「…どうされたんですか?」
「何が?」
俺の疑問に、10代目は答える気は無いらしい。

「そんなぼーっと立ってないで座ってよ。」
そう言われ、椅子に座る。
「紅茶淹れてくる。」
「!、それなら俺がっ。」
「良いから座ってて。」
にっこりと微笑まれ、俺はまた椅子に座る。
10代目はとても機嫌が良いようで、ずっとにこにこしてる。

と、10代目の机に黒いシルクハットが置かれているのに気がついた。

ああ、そうか。昨日はリボーンさんが帰ってくる日だった。
それで妙に機嫌が良い理由も納得できる。

「…リボーンさんは何処か行かれたんですか?」
「んー、庭をレオンと散歩してくるって言って、さっき出てったよ。」
あんな最強のヒットマンが散歩っていうのも、随分と穏やかな話だ。
俺は自然と自分の頬が緩むのがわかった。

「貰いもののクッキーもあったんだ。」
紅茶とクッキーを出して頂き、時間にしたら僅か1時間ほどだが、他愛もない談笑をした。
その多くが昔話で、10代目と俺が初めて会った日のこと、学校での出来事、今に至るまで二人で楽しく話した。
10代目がいつからか笑うことも泣くこともしなくなって、『マフィアのボス』らしくなってからこんな風に楽しそうにしていらっしゃるのは見たことが無い。
俺や他の守護者は昔の10代目をよく知っているから、その優しさや愛情深さを理解しているが、この屋敷の大半の奴が10代目のことを『悪魔』と呼ぶ。

俺から言わせればこの人ほど『天使』らしい人も居ないと思うけど。

「極寺くんはさ、昔っからだけど自己犠牲の精神が強いよね。」
「そーすか?」
「うん、まぁ昔より今のがマシになったけど…今でもよく自分を責めるでしょ?」
「…まぁ、実際自分のミスは自分が一番許さねぇと、思います。」
「うん、格好いいと思う。」
綺麗な笑みでそう言われ、思わず赤面する。
「でも、自分を責めなくても良いこともあるんだよ。」
「え?」

10代目は綺麗に微笑んだまま。

自分がこの世界で生きていることを忘れてしまうような平和で暖かな1時間だった。
しばらくきな臭いことも続いていたし、少しささくれ立っていた自分の心がじんわりと温まる。

「今日は楽しかった。仕事中にごめんね?」
「いえ!自分の方こそ楽しかったっす。また、俺で良ければ呼んでください。」

「うん、またね!」

俺の聞き間違いじゃなきゃ、10代目はこの時確かにそう言った。

作品名:その日は、 作家名:阿古屋珠