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その日は、

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その日は、どうってことない日でした。



徐々に近づいてくる気配に気づいて、尚更こっちの気配を消した。
胸の奥でクロームが『ボスが来た』と呟く。
ええ、わかってますよ。そんなこと。

「骸?居るんでしょ?」

もう声が聞こえるほど近い。
彼が自ら僕に近づく時はろくなことが無い。
何か厄介事でも持って来られたらたまらないと、そのままその場を離れた。


『骸様…。』
ええ、言いたいことはわかります。可愛いクローム。
どういうわけか、彼は何度も追ってくる。
得意の超直感のせいか、何処へ逃げても徐々にまた近づいてくる。
そろそろ、諦めても良いころなのに。

「骸?逃げるなよー。」
キョロキョロと部屋を見渡す彼に折れたのは僕の方だ。

「…何用でしょう?」

とうとう姿を現した僕に彼は満面の笑みを浮かべた。
・・・彼のそんな笑みを見るのは久しぶりだ。
元々怯えられ、恐れられることの多かった僕に、彼が笑うようになったのは出会ってからだいぶ後だ。
それもつかの間、ボスになった彼は笑わなくなった。

「用ってことも無いんだけどさ…。」
「では、失礼します。」
「待って!」
慌てた彼の声に面倒くさそうに視線だけむける。
「…お茶、しない?」

何の意味も無い時間だった。
彼がポットに淹れた紅茶に、甘ったるいクッキーを添えた。
喜んだのはクロームと犬くらいで、僕と千草はかろうじて紅茶に口をつけるだけ。

それでも、彼は馬鹿みたいに楽しそうに笑った。

「骸。」
「…何ですか?」
隣にいる彼を見ずに、返事をした。
だから彼がその時どんな表情をしてたかなんて知らない。

「ちゃんと、仲間を大事にしろよ。」
「…仲間?」
何を馬鹿なことを言うのかと、嘲笑ったが、彼は続けた。
「お前はボンゴレファミリーじゃない。」
当り前のことを言われたのに、何故かツキリと胸が痛む。
「けど、いつだって困ったときは俺達を救ってくれた。」

まるで僕がお人よしのような言い方に、へどが出る。

「お前がどう思っていようと、俺は、骸のことが大事だよ。」

なんて、下らない戯言。

僕は何も言わず、また、紅茶を口に運んだ。

「さて、俺、そろそろ行くね。」
1時間ほどした頃、彼は突然そう言って立ち上がった。
「ボス、忙しい?」
クロームの問いに、彼は笑う。
「今日はそうでもないよ。でも、まだやり残してることがあって。」

「おや?なら、こんなところで油売ってる暇は無かったんじゃないですか?」
厭味ったらしくそう言うと、「これも大事なお仕事だよ。」と、わけのわからない答えが帰ってきた。

「じゃーね。」と、手をひらひらさせて、部屋を出ていく彼を僕はぼうっと見送った。
今さらながら、こんな下らない時間を過ごした自分にも驚く。
なんだって言うんだ、一体。

「綱吉くん。」
その瞬間、クロームと犬と千草、それぞれから視線を感じて、今、彼の名前を呼んだのが自分だったことに気がつく。
「ん?何?」
すでに、半分以上ドアの向こうへ出て行っていた体をそのままに、彼は頭だけをこちらへ覗かせる。
なんで彼の名前を呼んだのか、自分でもよくわからない。
ただ、『呼ばなければならない。』と、そんな感じがした。

「いえ…。」
「なんだよ、変な骸。」
にこっと笑って今度こそ彼はドアの向こうへ消えた。
ゆっくりとドアはその重みで自動的に閉まり、カチャッと音がして完全に塞がれる。

「…ボス、今日は厄介事持ってきませんでしたね。」

ポツリとクロームが呟くのを聞いて、確かにそうだ、と心の中で答えた。

作品名:その日は、 作家名:阿古屋珠