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その日は、

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その日は、妙な1日だった。



ふむ、今思い返すと途中までは変わり映えの無い日だった。
いつものように俺は自分の肉体を鍛えるために、ランニングをこなす。

一息休憩でも入れようか、と思ったその瞬間、奴が現れた。

「沢田!」
タオルとスポーツドリンクを持った沢田は、最近見なかった笑みを浮かべてる。
目を擦り、もう一度見たが、まるで昔の京子と二人でいる時のような満面の笑みだった。

「どうした、今日は極限に機嫌が良いようだな!」
何よりだ、と豪快に笑う俺に合わせて、沢田も声をあげて笑う。
「どうぞ。」
と、差し出されたタオルとスポーツドリンクを受け取り、礼を言う。

ガシガシと汗を拭っていると、沢田がこっちを見ていることに気がついた。
「なんだ?何かついてるか?」
俺が自分の体を見回すと、沢田はクスクス笑う。
「いや、お兄さんは相変わらずだと思って。」

俺はよく意味がわからず、頭に疑問符を並べると、沢田は急に真面目な顔になる。
「俺、お兄さんには感謝してるんです。」
「な、なんだ?極限に照れるな!」
照れくさそうに頭を掻くが、沢田はそんな俺に構わず続けた。
「俺は、こっちへ来ることを決めると同時に、京子ちゃんと連絡をとることを止めました。」
「・・・それは、俺も知っている。」

京子は泣かなかった。
俺の前でも『仕方ないよね。』と寂しげに笑うだけだった。

「お兄さんにも、申し訳なくて…だからお兄さんのことをこの恐ろしい世界に無理に連れ込む気は無かったんです。」

沢田の言う『恐ろしい世界』は、まぎれも無い事実だ。
俺自身、こんな意味のわからない争いばかりが起こる処なんぞ真っ平だと思う。
自分がその拳だけでなく、黒い鉄の塊を撃ち放す日が来るなんて思いもしなかった。

しかし、俺は今、此処にいる。

「俺は、自分で決めて此処へ来た。」

キッパリとそう言うと、沢田は少し安心したように笑う。
昔の沢田は、いつもこんな情けない顔をしていた気がする。
『悪魔』と呼ばれるようになってから、こんな弱々しい姿は見なくなっていたのに。

「今日のお前は変だな。」
「・・・え?」
鳩が豆鉄砲食らったように目を丸くして沢田は驚いていた。
「変ですか?」
「変だ。何かがおかしい。」

「…気のせいですよ。」

にっこりと、沢田は笑って言った。

沢田と二人で話すという機会は案外今まで無かった。
妙な新鮮さとそれに隠された違和感を感じながらも、俺は何も気がつかない。
もしも、俺がこの仕事にどっぷりと浸かっていれば、何かに気がついたはずだ。
沢田は俺相手では変に警戒心を解く。
それは信頼がなせる技なのか、俺が何も気がつかない単純馬鹿だとわかっているからなのか、それはもう今では聞くことも出来ないが。

「それでは、俺はもう行きます。」
「おお!沢田も鍛錬に励めよ。」
「う…わかってますけど、それリボーンの前で言わないで下さいね。本当にネッチョリと指導するんで。」
沢田は苦笑した。

相変わらずの関係に俺も思わず笑う。

手をあげて、去っていく沢田を俺は笑顔で見送った。

作品名:その日は、 作家名:阿古屋珠