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その時ハートは盗まれた

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9組

 カンカン、と金槌の音が響いている。それをバックグラウンドに聞きながら、浜田は泉と教室の隅でひそひそ顔を突き合わせていた。浜田がちらりと顔を上げる。視線の先にはいつもに増してぼーっとしている三橋がいる。手には動きが止まったままの金槌が。
「で、さっきの話はマジなの?」
「おう。栄口が現場を目撃したんだって。3年4組らしいけど」
「年上かぁ、やるなぁ」
 浜田はまたちらりと上半身だけ伸び上がって机越しに三橋を見た。ようやく動きは再開しているものの、顔つきは上の空だった。あぶないなぁ、あれ。
「三橋ってそういう類って奥手なんだと思ってたよオレ」
「オレも。でもまぁあいつだって男だしなー健全な男子高校生として、野球と同じぐらい大切なんじゃねー?」
「まぁな」
 と机に隠れてサボりながら呟く二人。一応浜田の手には横断幕の実績を買われて屋台用の暖簾が握り締められていたが、さっきから全然針は進んでいなかった。ひそひそ話しに夢中だ。田島はなぜかいないし。
「で、栄口がさぁ、妙にはりきっちゃって、なんか三橋を助けてやりたいんだとさー」
「まぁあいつほっといたらそのまま三年間ぼーっと片思いしてそうだからなぁ」
「相手3年だったら1年ないぞ」
「あそっか」
 カンカンカンと軽い音が響く。なんとなく浜田は針を針山に刺して伸びをした。確かに、ちょっと三橋は放っておけない感じがする。魂がどこかに飛んでくぐらいその人に入れあげてしまったのだとしたら、どうにかしてやりたいと思う栄口の気持ちは痛いほど良く分かった。上手く行くにしろ、行かないにしろ。こんな機会、三橋にそうそうあるとも思えないし。
「うーん、でも、そうなのかなぁ……」
 そんな浜田の横で泉はなにやらうんうん一人で唸っている。
「何?」
「いや、オレ、てっきりさ……」
「てっきり?」
 浜田がそう聞き返した瞬間、ぎゃっと向こうから悲鳴が上がった。見れば三橋が握り締めていた金槌を落としている。泉と浜田が慌てて駆け寄ると、案の定釘を打ち損ねて指先を強打したらしい。小指の先が少し赤くなっている。
「ばかっ、上の空で金槌なんて振るからだろ」
 浜田が怒ると、三橋は小さく首を竦めた。泉は黙って三橋の指を触って動かす。痛い?これは、どう?と淡々と聞く泉に三橋は首を横に振った。痛めたわけではなかったらしい。浜田はふうっと安心したように息をついた。
「よかったな、ここに阿部がいなくて」
 そう泉に肩を叩かれた三橋は、ひぃっと声を上げた。顔が青ざめている。後ろで「おーまーえーはー」とおどろおどろしい空気を纏ったじっとり重い阿部の姿が見えたような気がして浜田は目を擦る。当然目の前にはぶるぶる震える三橋がいるだけだった。幻覚まで見るようになったなんてオレもちょっとは野球部連中に馴染んだと言うことかな。素直に喜べないけれども、なんて思ったりして。
「とりあえずちょっと手、冷やしてくれば? 阿部には黙っといてやるからさ」
 泉が言うと、三橋はぶんぶんと今度は首を縦に振った。なんだかそういう玩具みたいで少し笑える。教室を飛び出していった三橋を浜田は見送る。なんだかアレと恋愛という事項がどうにも結びつかない。幼稚園児か、いいとこ小学校低学年の動作だぞあれは。
 三橋の姿が消えて元いた教室の隅に戻る。鎮座して浜田が針を手に取ったのと同時に、前のドアががらりと開いた。
 泉と二人揃ってそちらに視線をやると、開いたドアから顔を覗かせたのは1組の栄口だった。入口近くの生徒に軽く挨拶してからきょろきょろと教室を見渡している。
「どしたの」
「あ、三橋は?」
「今出てったけど、すれ違わなかった?」
「気が付かなかった」
 泉に声を掛けられた栄口は遠慮がちに中に入ってくる。散らばる角材を器用に飛びぬけ、手を上げた泉の傍に駆け寄った。浜田の握り締めた布に目を落とす。
「それ何スか」
「あ、暖簾。屋台の」
「浜田、さんは」
「あーサンとかいいよ、同じ学年なんだし」
「来年は後輩かもしれないしな」
 泉にウルサイ、と腕を振り回すと、横でくっくっと栄口が笑った。なんだか場が和んだみたいでほっとする。泉の悪態もこういうときは役に立つかも、しれない。
「浜田ってこういうの、得意なんだよねぇ。すっごい上手いなあ」
「いやぁ、まぁ」
 照れて頭を掻くのに、栄口はしげしげと「やきそば」と縫い付けられかけている暖簾を手にとって擦ってみたりしている。擦っても取れないから、マジックじゃないから。
「オレ、なんか背景の木とかでもまともに描けないよ」
 お前んとこなんだっけ、と泉に聞かれた栄口はまじまじと暖簾を見つめたまま「演劇」とさらりと言ってまだ暖簾を気にしている。そんなに気に入ったならやるけど、それ。
「てか栄口何しにきたの、三橋?」
「あー」
 泉に聞かれて栄口は顔を上げた。そうそう、忘れてた用事、ってホントにスカンと忘れていたらしい。すぐ戻ってくるだろ、と言われて栄口は後ろに引かれた机に腰を下ろした。じゃ戻ってくるまで待ってよ、と足をぶらぶらさせている。
「お前クラスいいの?」
「んー休憩。オレ頑張ってるし」
「で、三橋に用って例の?」
「おう」
 聞かれて栄口はごそごそとシャツの胸ポケットからなにやら畳まれた紙を引きずり出す。広げたそれを、浜田は覗き込んだ。どうやら名簿らしい。
「なにこれ」
「いや、オレの姉ちゃんの後輩がうちのガッコの3年4組にいてさ、あ、4組ってのはあの例の」
 分かるよ、というと栄口はいつもの爽やかな笑顔で、「それで調べてもらって」とその紙を見せる。やっぱりそれは名簿で女子生徒の名前がアイウエオ順に並んでいる。4組の女子全部らしい。浜田は目をぱちくりさせて名簿と栄口を何度も見比べた。
 同じ部活の仲間がちょっと一目ぼれしたってだけで姉の後輩なんてまた微妙に遠い関係まで辿って名前調べてなんて、普通できるか?
「写真ないから意味ないけど、なんかの役に立つかなって……」
「……お前、すげーいいやつだな」
「え、そう?」
 栄口はまたあっさりと風が吹き抜けるような顔で笑う。笑顔の向こうから輝くいい人光線で目が眩みそうになって浜田は手を目に翳した。うっ、眩しすぎてくらくらする。
「とにかく相手を特定しないと話は進まないから、あいつ引っ張って4組に行ってみて、その一目ぼれの君を探してみようと思って、ほら今なら文化祭でごたごたしているから三年の教室にも近寄りやすいでしょ」
 こういうときに野球部に先輩いたら楽なんだけど、なんていって栄口はちらりと浜田を見た。
「ご、ごめん、役に立たねーで。二年なら知り合いいんだけどさ」
「あ、そういう意味じゃないよ」
 そうは言われても栄口がここまでするのに年上な上、幼馴染の自分がぼんやりしてるなんて居心地が悪すぎる。うずうずと湧き上がる気持ちを拳の中にぎゅっと閉じ込めて、よしっと浜田は立ち上がった。
「オレ、あいつ連れてくるよ。オレも一緒だったらまだ行きやすいだろ、これでも一応この学校2年目だしさ」
「留年太郎」
「うっせ」
作品名:その時ハートは盗まれた 作家名:せんり