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無音世界

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Lost 05. 溺音





 新羅に言われた通りに、静雄はセルティと共に新羅が診察を終えてやってくるのを待っていた。ソファーに腰を下ろして、膝の上に両肘をつき、手を組む。項垂れるようにその手に額を押しつけると、静雄はぎゅうと双眸を硬く瞑った。
 臨也を運び入れた部屋からリビングまで案内されるまでの数メートルでさえ長く感じられたのだから、当然待っている間の時間もいつもの倍以上に感じられる。正確に時を刻み続けている時計の秒針の音が酷く耳ざわりだった。
 共に待つようにと言われたセルティは静雄と少しばかり距離を開けて隣にそっと座していた。恐らく彼女も何が起こっているか気になっているだろう。しかし何も言ってこない。元々声を発しない彼女であるが、今は敢えて静雄に対してそうしてくれているのだろう。そのことは簡単に見当がついた。
 その配慮がありがたい。けれどもまた一方で静雄を追いこんでいった。


 新羅が此方へやってきたのは、それから暫く経った後だった。入ってきた気配と同時に、静雄は反射的に立ち上がる。しかし、言葉はでてこなかった。何といえば、何と訊けばいいのかわからなかったのだ。分からないことだらけで、自分もどこから手をつければいいのか分からない。唇は音を紡ぐことなく意味の無い動きを繰り返し、やがて閉じられた。
 立ち上がった静雄に新羅は先ほどの真剣な表情はどこへやったのか、至って普段通りに話し掛けてきた。
「まあ、一先ず座りなよ。ああセルティ、悪いけどコーヒーを入れてくれるかい? 僕と静雄の分を」
『あ、ああ……』
 隣に座っていたセルティはこくりと頷き席を立った。入れ替わる様にして新羅がソファーに座る。先ほどすでにいるかと訊かれて不要だと断っていたが、今度はそこまで気が回らなかった。静雄は恐る恐る口を開き、尋ねる。
「あいつは……」
――臨也は。
 唇が戦慄くことはなかった。しかし声は掠れていた。
「……セルティが戻ってきてからにしない?」
「な、そんなっ……!」
 すでに立っている静雄は座っている新羅を見下ろしながら声を荒げようとした。
 こんなにのんびりとしていてもいいのか。静雄は医者ではなく、寧ろ目の前にいる新羅の方がそうなのだからここに連れて来たのだ。そんな彼が提案でもなければ願いでもない、命令としてここに残っていろと言った。だからこうして待っていたというのに。何かあるなら早く言ってほしかった。
 だが、すっと此方を見上げた新羅の視線によってその先を遮られる。
「落ち着いて。別に臨也は死の縁に瀕している訳じゃない。だから、一先ず君は落ち着くべきだと思うよ」
 その言葉にすとんと静雄は膝の力を抜いて再び腰を下ろした。だが、それはあくまで"今にも死にそうではない"というだけであって、それ以外には何かあると言うことだ。それが何かはやはり分からない。それでも、何故か目の前で消えてしまいそうだった灯が残っていると分かったことは静雄に安堵を与え、そして安堵したことに疑問を感じさせることとなった。
 今日はずっと自分の感情に疑問を抱いてばかりである。抱き、考えることを止め、また悩む。答えは見つからない。いや、見つけようともしていないのだから見つかるわけもない。その疑問全てに関わるのは目の前で崩れた臨也であり、そしてそれを解決する糸口もまた彼が握っているような気がした。
 静雄が黙せば、新羅も口を噤んだままだった。再び静寂が戻り、セルティが戻ってくるのを待つ。


 話が始まったのは、セルティが戻ってきてコーヒーの入ったカップをそれぞれの前に置いた頃だった。
「さて、臨也についてだけど、気になる点がいくつかあるからそれを君に訊いてからにしようか」
「なんで俺に訊くんだ……」
「それは君が臨也が倒れた際に傍にいたからだよ。それに恐らく臨也に最も会っているのは君だろうし。ああ、臨也の助手をしている彼女がいるか。でもそれを抜きにしたって普段君たちしょっちゅう会っているだろう?」
「別に好きで会ってる訳じゃねぇよ……」
「じゃあ、前回会ったのはいつ?」
 新羅にそう問われて静雄は記憶を探る。すると、昨日も物を投げて臨也を仕留めようとしている記憶が出てきた。気に喰わないが、臨也を追いかけていない日をあげる方が少ないような気がする。それもこれも臨也が来る来るなというのに池袋に来るのがいけないのだ。彼が来ると碌な事が無い。
 静雄は苦々しく昨日も会っていた事実を告げた。新羅が相槌を打つ。
「まあ、うん。別に今更驚きやしないけどね」
「偶然だ」
「……臨也の方はどうか知らないけどね。ところでさ、昨日の臨也はどうだった?」
「どうって、どういうことだよ」
 新羅の意図が読めず、静雄は首を傾げて尋ね返す。
「体調が悪そうだったとか、そういうのさ」
 そう言われて、静雄は昨日の夜の臨也とのやりとりを一通り振り返ってみた。
 しかし、昨日したことだとて今日と余り変わり映えしないような気がする。
「別に何ともなかったぞ。相変わらずうざかった」
「じゃあ今日になって突然ということか……」
 ふむ、と新羅は腕を組み考え込む。静雄も視線を宙に漂わせながら記憶を辿る。
 しかしそもそも人の鬱陶しさや煩わしさで体調を判断するというのも如何なものだろうか。だがその点について誰かが待て可笑しいということもなかった。
 静雄はもう一度振り返る。
 昨日は仕事の帰り道で臨也を見つけて追いかけた。手近な物を手に取り、振り回し、投げるのは日常茶飯事だ。昨日もそうして臨也に向かったと思う。けれども、確かやけに上手く避けるものだからこちらもむきになって相手をしていたのだ。そして最後の最後にその痩躯にコンビニのゴミ箱をぶつけてやった。
――待てよ?
 静雄は眉間に皺を寄せた。普段から相手があのノミ蟲野郎だからと気に留めてはいなかったが、あれは見事に彼の頭に――。
「っ……!」
 静雄は息を飲んだ。
――まさか、まさか。
 ぐるり、と世界が回る。
――いや、違う。でも……。
 静雄は気付いた事実を認めては打ち消し、しかし再度認める。
 どうして、どうしてこれほどに忌み嫌っている自分の異常なまでの力のことを忘れてしまっていたのだろうか。それは毎回毎回臨也に向けても彼が倒れないからかもしれない。例え怪我を負わされても、面と向かって嫌いだと言ってくることはあるが、離れて拒絶してくるわけではなかった。そこに、何かの勘違いをしてしまったのかもしれない。まるで彼自身も静雄の様に超人的であるかのように。
――あれは化け物ではない。俺の様な生き物ではない。
 頭に物がぶつけられれば、当たり所が悪ければ死んでしまう。自分だって分かっている。それを喧嘩を売ってきた相手に説いたことがある。まさにそれを昨日の自分はしていた。
 だが、そこまで今分かったとしても、どのように発熱と繋がるのかは静雄には分からない。けれども音が聞こえないと訴える方については、何と無く自分が原因なのではないだろうか、と静雄は感じ取った。
 ふらりと静雄は立ちあがる。そしてぽつりとその事を新羅に告げた。医者である彼の目を見ながら話すことはできず、セルティが運んできたまま目の前に置かれているコーヒーを見下ろしていた。
作品名:無音世界 作家名:佐和棗