君と僕の六ヶ月
三橋は指を差して自分の見たらしい流れ星の説明をしだした。あの一番明るい星のすぐ傍にね、なんか、ひゅーって。あれ何の星かなぁ、金星?
「ばか、金星がこんな時間に見えるかよ」
お前なに授業で聞いてたんだ、というと、三橋はまた照れ隠しみたいな微妙な笑顔でえへ、と笑った。
木の葉から差し込む街灯の光の中で、三橋の色素の薄い髪が風に揺らめいている。金星がどれだけ明るいきれいな星かはしらないけれど、と阿部は思う。
今隣で嬉しそうに微笑んでいる三橋の目よりは輝いてないだろう。そう考えて阿部はぶるぶると頭を振った。何考えてるんだ、オレ。
「どうした、の、阿部君」
三橋に聞かれて返事も出来ずに俯く。顔が熱くなっている気がする。三橋はそんな阿部を見て不思議そうに首を傾げた。そして阿部の手に視線を落とすと、オレも、と小さく微笑んだ。
「オレも、早く投げたい。早く夜が終わればいいのにって、思うよ」
阿部君もそう思ってるんでしょ。
そう言われて阿部は自分の手を見た。落ち着きなく指が動いている。何も言わなくても、体があの奇妙な感触を思い出そうとやっきになっているようだった。阿部は動く手首を左手でぎゅっと押えると立ち上がる。
「寝りゃあすぐ朝だよ。そしたらまた投げれんだろ」
「うん。じゃ、早く帰って、ね、ねよっ」
三橋んちってすぐそこだったよな、なんて何気なさを装いながらだらだらと別れない自分の未練たらしさに目を逸らしながら阿部は三橋と並んで歩く。
三橋の誕生日に初めて見た、彼の大きな家の屋根が木々の向こうに見える。もうすぐそこだ。門まで来たらまた明日の朝まで会えない。阿部は一歩一歩を噛み締めるみたいに歩いたのに、三橋が家の門に手をかけたのはあっという間だった。
「……じゃ、ね」
「おう。また、明日」
戸を押す三橋の横顔がなんとなく名残惜しそうな顔に見えたのは、自分の思い込みなんだろうか。自分がそう思っているから勝手にそんな風に見ててしまうものなのか。ここで三橋と別れたら家に帰ってメシ食って、寝て、ああその前に風呂に──
「あっ」
急に声を上げた阿部に、三橋はびくっと肩を震わせた。
「どっ、どうしたの」
「いや、なんでも」
「うそ」
三橋じゃなくてもそういうだろう。夜中にしんみり別れ際にでかい声であっとか言ってなんにもないわけはなかった。三橋のじっと見射るみたいな目に、阿部は恥ずかしそうに頭を掻きながら視線を外した。思い出した。弟にクセーとか言われてたっけ。
「シャンプーを……買おうと思ってて、でコンビニ寄ろうと思ってたのに忘れてさ」
もう一回行くわ、と言おうと思ったのに、三橋は大きな目をさらに広げると、ちょっと待っててと言いながら家の中にばたばたと騒々しく駆け込んでいった。
どうしようか考える間もなく三橋が何かを抱えてよたよたと出てくる。はいと渡されたのはポンプ式のシャンプーとトリートメントだった。
「あの、お、重いけど」
もう一回行くのめんどくさいでしょ、と渡されたそれはまだ封も開けてないのにほんのりといい匂いがした。たまに朝のストレッチで三橋とくっつくと漂ってきた匂いだった。
「でも、これお前んちで使う分だろ?」
「買い置きまだあるから、大丈夫だよ」
返すつもりだった。物を貰いにきたわけじゃないし、貰う理由もない。だけど三橋の嬉しそうな顔と、腕の中に納まった気持ちのいい匂いが、それを手放しがたく感じさせる。
腕の中に三橋がいるみたいだった。