リハビリ
鍵を持った自分が部室に赴くと蛍光灯の明かりが窓から漏れていた。誰か消し忘れたのか、まだ誰かいるのか考えながらドアを開いたら、そんな僕にも気づかずに、まだアンダーシャツ姿の水谷が長椅子に座ってぼんやりしていた。
「みーずーたーにー、お前何やってんの?」
「あーごめん、すげーぼーっとしてた」
「オレ鍵閉めたいんだわ。早く着替えてくれー」
とりあえず水谷の隣に腰掛け、支度が整うのを待つ。なんかもう脱ぐのがだるくってさぁ……。水谷はぼやきながらアンダーシャツを脱ぎ捨て、もそもそとワイシャツを羽織った。ベルトを緩める金属音が聞こえたあと、さも当然のように僕に寄りかかり、体重を預けながらズボンを脱いでゆく。
あ、この感じ。思わず逃げたくなってしまう。
水谷の背骨がゆらりゆらりと動き、徐々に僕の背中に体温を残す。なんだか怖いと思っていても、ここで立ち上がったりしたら水谷は背もたれを失って転んでしまうだろう。そういう良心の方が強くて動くことはできなかった。
「俺いっかい脱いだ靴下また履くのすっげーヤなんだよね」
水谷は独り言のようにつぶやき、鞄から靴下を出すために一旦背中から離れた。
その動作に少しほっとして考える、なぜこんなに落ち着かないのだろうか、と。僕の周りには昔にも今にもあまりそういうことをしてくる友達は水谷以外いないのでデータが少ない。触られるのが嫌なわけでは無かった。むしろダイレクトな感情表現はかえって嬉しいような気もした。少なくとも気に食わない奴にはしないだろう。
そんなことを考えていると、ワイシャツの前をだらしなく開いたままの水谷が僕の頭を撫でる。
「何してんの」
「栄口なんか難しいこと考えてんのかなーって思って」
「いいからズボン履けよ……」
そんなぁ、冷たーい。泣きつかれて腕が腹に回り、水谷は背中に額を押し付けて泣き真似をしている。
こういうふうに抱きしめられると身体がすくむ。水谷の体温が僕の身体に移る感覚に意味もなく動揺してしまう。いつまでこうしているつもりなのかな。少し居心地の悪さを感じているとワイシャツごしに、水谷は気づいたことをそのまま口に出した。
「……栄口って俺がくっつくといっつも緊張してね?」
バレた。ぎくりとして言葉を返せない僕にかまわず水谷は続ける。
「もしかしてこういうふうにされんの嫌だった?」
いやそういうわけじゃ
「ごめんな、俺そういうの鈍いってよく言われんだ。つーか阿部に」
違うよ水谷。お前が悪いんじゃない。
何も言えない僕にもう一度、ごめんと水谷は繰り返し、つたない指先でワイシャツのボタンをかけ始める。うつむいたその表情は少し寂しそうだ。
「嫌じゃないんだけど」
「んー?」
やっと絞り出した声と水谷がズボンを上げる動作が重なり、言葉が届いたかどうかがわからない。
「嫌じゃないんだけどなんか不安」
「ふ、ふあん?!なんでまた」
「わかんないよ。オレお前が嫌いなわけじゃないし、お前に触られんの気持ち悪いとか思ってないし」
二人の間で会話が止まった。水谷は何かを考えている。
「じゃあちょっとずつ俺に慣れていけばいいんじゃねー?」
それはどうなんだろう。
一瞬考えた僕を、ばかみたいに笑った水谷が大きく手を広げて抱きしめた。