リハビリ
「お前またいるの」
「あは、あはは……」
鍵当番は僕と花井と阿部の3人で交互にしている。というわけで3日に1度、水谷は鍵を閉めに来る僕を部室で待っている。待っているという言い方はおかしいのかもしれない。大抵はまだ着替えていない水谷を待つというかんじだ。あらかた身支度が整うと、水谷は満面の笑みを浮かべ前から後ろから抱きついてくる。骨ばった手がゆっくりと僕の身体を撫でる。
そういうやりとりの中で気づいてしまった。僕が恐れていたのは水谷に甘えてしまう自分だということに。水谷の微熱っぽい体温に、今まで抱えてきた氷のようなルールや冷たい決意を溶かされてしまうのが怖かった。それらがすべて融解され、水になって蒸発してしまったあとの自分がどうなるか。とんでもないろくでなしになるんじゃないかなんて想像することは、ひとつの恐怖だった。
「あれだよ、メントレのー……、だからリラックスしてんじゃないの?」
分かっているのかいないのか。僕がたどたどしく説明した恐怖に水谷はそう答えた。そう理由がついてしまうと心は軽くなる。もう水谷が触れてくることに関して得体の知れない焦燥感を感じることはなくなった。これがリラックスなら僕はおかしくならない、大丈夫。
しかしこうして部室に男子生徒が二人残り抱き合っているというシチュエーションはどうなんだろう。水谷に抱きしめられるたび浮かんでいた疑問が、最近ではその程度を増してきている。
(やっぱ普通じゃないんだろうか。……でもちょっと落ちつくんだよな)
水谷は後ろから僕を抱き止め、わき腹に腕を回している。こういう時の水谷は静かだ。僕の心音に耳を澄ましているんじゃないかというくらい何も言わない。僕もまた何も言葉を発しようとせず、ただ水谷の体温を与えられるまま黙り込む。首に水谷の髪の毛がかかって少しくすぐったい。水谷はしばらく肩甲骨のあたりに額を押し付けたあと、はぁ、と僕の首筋に息をかけた。
思わずぞくりとした。僕はこの感覚を知っている。
欲情、だ。
僕と水谷のこういう行為はリハビリのようなもので、その延長線上にあるものは決してやましいものではなかったはずだ。少なくとも水谷はそう思っているだろう。そんな親切な友人に対して『何かもっと』を期待した淫乱な自分を責めた。
僕は動けない。自分の動揺を知られるのも嫌だったし、心の暗い部分ではまだ水谷の感触を求めていたから、どっちにしろ、だった。醜い、浅ましい、正しくない。
水谷の手が動く。甘い期待をしてしまう。手は期待通りにワイシャツの上から僕の身体のラインをなぞり、そのまま隙間をすり抜けズボンの中へと入った。
心の中が読まれてしまったのだろうか?思わず振り返ると、水谷はその手をそこからすばやく出し、具合の悪そうな顔で僕を見た。
「……変だよな」
「……」
「でもしたいんだよ、なんでかな」
答えは二人とも見つけられなかった。