【LD1】金曜の晩には薔薇を【ベルジャン】
許可を得て入った俺だが、来慣れた場所だったはずなのにどうにも腰が落ち着かない。
ソファーの隅に座ると、ベルナルドがコーヒーを入れてくれる姿を直視もできずに俯いた。
コーヒーもいいものだけを使ってるのだろう。いい匂いがすぐに届く。でも、その温もりも優しさも随分遠くて届いてこない。
「…あ、あのさ。ゴメン、ここんとこ忙しくって電話連絡もロクに出来なくって」
「…ああ」
とりあえず切り出してみたけど、ざっくりスルー。会話にならない。
どうすればいいんだよ俺は?
「べ、ベルナルドの調子が悪いって、あんたの部下が心配し」
「ジャン」
静かな声で止められた。
ベルナルドは椅子にもソファーにも座らずにただ机に寄りかかって俯いていた。いや、椅子は座るどころか倒れたままになっている。この男らしくない。
かけられた声に顔を上げれば、いつになくくたびれたシルエット。なんだよ。
……あんたらしくない。
「ジャン、俺に言うことがあって来たんじゃないのか」
ざっくりと。
そりゃもうジュリオのナイフよりも鋭いんじゃないかってぐらいに深いところまで。
のど笛が切られたんじゃないかって思うぐらい冷たい空気が肺に入り込んでヒュッと音が鳴る。
…何だよ。予想…、してたのかよ…。
「…わかってんなら、言う必要もねーかなー」
「いや…、直接お前の口から聞かないと発狂してしまいそうなんだ。ここ数日ずっとそんなことばかりで。…待っていたんだよ」
自嘲気味に笑うその姿は、ゆっくりと俺を見上げた。まるで待ち望んだ死神か何かでもやって来たみたいに、絶望的な苦笑いで。
けどあんた、俺に自分から言えなんて、そっちの方が酷い言い分じゃねーの。
俺はあんたにこう聞けばいいのか?
『あのグラマラス歌姫とヨリ戻したのけ?許して貰えたんだ、良かったじゃん。やっと所帯が持てるワケだー、オメデトー』
…考えただけで吐き気がした。
無理だ、あんたはもう俺のモノだった。それを今更手放すなんて、冗談にして軽口みたいに言うことも出来ない。声に、ならないだろ。
「ジャン?」
もっと簡単に、核心から離れる位置で攻めないとダメだわ。
そう、じゃあ俺は何て言やいいんだ?ここ数日、怒涛のような忙しさの中で何度も言うことを考えてたはずなのに、目の前にした途端に言葉が思いつかない。
なんだよ俺、3日経ってもハイスクールのガキかよ。青臭くて、苦しくて、確かめたくなくなって、逃げ出したい。
これがマフィアのボスと呼べるか?すっぱり言ってやりゃいいだろ。
『ま○こと2尻するつもりはねぇ。あんたとの肉体関係は止めるけど、あんたはCR:5にゃ必要な男だ。幹部を辞めることは許さねーから、今まで通り働いてくれ』
…痺れるぐらいにマフィアだな。
何なら俺が結婚式を…、ダメなトコまで想像しちまった。クソ、唇が震える。
俺が自分の中でグルグルと回ってるのと同じように、ベルナルドも動こうとしなかった。
ただ一言、優しい声でもう1度俺の名前を呼んだ。
「ジャン」
その声は。
沁み込むように、流れ込むように、俺の肺を満たして溺れさせていく。
息ができなくなって、このまま入水自殺のように沈んでいければたぶん幸せに死ねると思った。
でも溢れ出した液体は、行き場をなくしてせり上がり、仕方なさそうに目から流れ出て行った。息は相変わらずできないのに、嗚咽が上がりそうになって口を押さえる。
「…おい、ジャン、ジャン!?」
ようやく動いたオッサンは、明らかに徹夜続きだろ、と思わせる怪しい足取りで傍までやってくる。
泣いてるんじゃねーのに、ボタボタと流れてくる液体を見られたくなくて、俺は慌てて下を向く。足元に小さな池が出来上がっていくのが見えた。
「どうしてお前が泣くんだ?」
「な、泣いてねっ、…つか、お、俺じゃ、なきゃ誰、が、泣く、タイミング」
「それは、俺とかじゃないかな」
何でベルナルドが泣くんだよ。あんたが泣いてる姿なんか目が疲れた、ってぶっ倒れた時ぐらいだ。
「それに、涙が流れている姿は、泣いていると言うんだよ。一般的に」
「これ、は、あん、たが、優しいこ、えしてる、からぁ!」
俺の前にひざまずいたベルナルドが、下から見上げてくる。やめろバカ、顔が見えるだろーが。
でもやっと、顔が見れた。
あんたの方が泣きそうな、顔してんじゃねーかよ。
作品名:【LD1】金曜の晩には薔薇を【ベルジャン】 作家名:cou@ついった