星への飛翔
「ヤケはヤケでも、あくまで理性的でなければ、犬死にか最悪仲間の足をひっぱる。つまりおれが言いたいのは、死ぬべきときに死ねるってことだ。生命の保持に囚われない、一種の自己犠牲でな」
ハワードは遮光眼鏡の奥に光る青灰色の瞳でダリルの両眼を射貫くと、力強い口調で語る。
「それにおれが墜ちても、あの人が空を飛んでくださる。おれの魂も悲願も、あの人の双翼に乗ることができるんだ。そのためにも……あの人が飛ぶ空を、おれはおれのフラッグで守りたい」
あの人、と彼が憧憬と尊敬を込めて呼ぶ男をダリルは知っている。ハワードとは士官学校時代からの同級生であり、また今は二十五の若さでMSWADきってのエースパイロットとしてフラッグファイターの頂点に立つ男。ひとたび彼と空を飛べば、その卓越した技量と天賦の才に否応なく惹き込まれ、ある者は嫉妬しまたある者は心酔する。第一戦術飛行隊に所属していたときに、その指揮の下で戦ったダリルも胸の奥でハワードにも劣らぬ忠誠を彼に誓った。グラハム・エーカー中尉、誰よりも空を愛し、誰よりも空に愛された人間。スピーカー越しにコクピットの中に響く冷静な指示の声も、幼さを残した顔に突如として浮かぶ獰猛な笑みも、空に対してのみ供されることを宣誓されたその心身も、ファイターが信頼と情熱を捧げるには十分すぎる対象だった。
(ああ、確かに中尉どののそばで青春の日々を送ったのなら、おれだって命と翼を預けてしまうかもしれない)
そしてどこか感傷主義的でロマンチシズムにあふれた性格は、ハワード・メイスンとグラハム・エーカーがそろって持っているものだった。だがダリルは彼らより現実主義者で、あくまで軍人は理性的であるべきという信念を持っている。「矜恃を見せろ」という言葉に高まる士気を胸中に感じても、殉職という選択はけして取るまいと考えていた。フラッグのパイロットを一人育成するのに莫大な費用と労力が必要であり、また整備士や技術官はパイロットのために存在しているわけではなく、パイロットもまた彼らに対して果たさねばならぬ義務があることを忘れてはならない、というのが彼の持論でありそして誇りだった。